第41話 風の独り言(幕間のお話)

 僕がこの世界に転生して10年が過ぎた。今まで人前で声を出した事は一度も無いんだけど、それが続くと本当に喋れなくなりそうだから、僕は自分の周りを結界で囲んで、独り言を自分の部屋で良く喋っていたんだ。


「あーあー、マイクテスッ、マイクテスッ! 感度良好! って何を言ってるんだ、僕は……」


 前世であればテレビを見ながら突っ込みを入れたりしてる所だけど、生憎とこの世界にはテレビが無いから、何かを言うのも一苦労だった。


「うーん、こうして考えてみたら前世だと独り言を言ってたつもりでも、テレビという相手がいたんだね。小さい頃(3〜4歳)はあまり気にならなかったんだけどなぁ」


 僕はそんなボヤキを口に乗せる。そんな時にふと前世で関わった人たちの事が気になってしまった。


「そういえば従妹の香織はあの後どうしたのかな? 元気で良い人を見つけて再婚でもしていたらいいけど…… それに部下たちも、元気にしているだろうか? 美弥ちゃんなんかはもうすっかりベテランさんかな? いや、ひょっとしたら寿退社してるかな? ああ、みんなに僕が元気で暮らしているって伝えられたらなぁ……」


 そんな言葉が口をついて出てくるけど、勿論結界内部なので僕にしか聞こえていない。



 その言葉を密かに聞いている存在が居た。その存在はとある神の眷属で、手違いで磯貝いそがい澄也とうやを死なせてしまった事を未だに申し訳なく思っていたのだ。だからこの10年、転生したトーヤを陰ながらずっと見守っていた。

 そして、今、トーヤの言葉を耳にした神の眷属は、トーヤの「僕は元気に暮らしているよ」という言葉を風に乗せて人々に運んだのだ。


「えっ! 澄兄とうにい!?…… まさかね、でも確かに聞こえた…… 澄兄とうにい、どこかで生まれ変わって元気に暮らしているの? 私も元気に暮らしているよ。再婚して子供も産まれたよ……」


 不意に聞こえた声に香織は答えるように呟いた。その言葉がまた風に乗せられてトーヤに届く。


「アレ? 香織の声が…… 空耳かな? いや、まだ10歳だしそれは無いか…… 神様からのプレゼントかな? でも、香織も再婚して子供が産まれたんだね、良かったよ」


 美弥は課長補佐に出世していた。澄也が亡くなった時に係長補佐であった山添が今では課長であり、何とその妻でもあった。子供が出来た時には夫婦で交代で育休を取得して、小学校に入ると美弥も完全に職場に復帰したのだ。

 その全ては澄也が会社に対して育休取得を社員の権利として認めさせた事に起因する。男が育休を取る事にまだまだ他の会社では抵抗があるようだが、美弥の会社では美弥が入社した時には既に、男性の育休が当たり前になっていたのだ。だからこそ、子が産まれた時には課長補佐だった主人である山添も、躊躇いなく育休を取得したのだった。その時に山添は


「磯貝課長は独身だったけど、あの人のお陰で今の風通しの良い会社があるんだよ」


 と、亡くなった課長を偲んでいた。


 そんな2人が寝室で寝ようとした時に声が届いた。


「課長!」「課長の声なのっ!?」


 2人は顔を見合わせる。そして、


「そうか、美弥は課長の声を聞いた事が無かったよな」


「貴方はあるの?」


「一度だけな。あの声は一度聞いたら絶対に忘れないよ。耳に凄く心地良かっただろ?」


「うん、凄く素敵な声だった…… でも、良かった…… 課長も何処かで元気に暮らしているのね……」


「ああ、そうだな…… 俺たち2人が結婚したって聞いたら課長は何て言うんだろうな…」


 それから2人は話が盛り上がり、ベッドで夜の運動会が始まった……



「えーっ! 美弥ちゃんと山添くんが結婚したんだー。いやー、それはおめでたいねっ!!」


 トーヤは心からそう思い、届けばいいなと思いながら2人に祝福を送る。


 

 これはトーヤの独り言からの切実な思いを感じ取った、ある神の眷属が起こした風のサプライズのお話…… 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る