寡黙な男はモテるのだ……多分

しょうわな人

第1話 死んだか……

 今日は残業もなく定時で仕事を終える事が出来た。大きなプロジェクトを成功させた我が課の雰囲気は明るい。打ち上げをしますからと、部下たちに誘われたが俺は幹事役の若手社員に茶封筒に入れたお金を渡して黙って首を振った。


「そんなぁ〜、今日こそは課長を酔わせてそのお声を聞かせて貰おうと思ったのに……」


 幹事をしているのは去年我社に入社した女の子で、もしも俺が結婚していたら娘と言っても良い年齢(十九歳)だ。思えば彼女も入社した当時は喋らない俺に苦労した事だろう。しかし、そんな彼女も古参の部下たちによって教育されて、今では我が課になくてはならない戦力に育ってくれた。俺が渡した茶封筒には社長から頂いた金一封(五万円)に俺が五万円を足して十万円が入っている。俺は茶封筒の裏に社長からのプロジェクト成功のお礼金だと記載している。


「それなら尚更、課長も出席してくださいよ〜。社長から頂いたお金を使用するなら課長も参加してくださらないとダメです!!」


 そう強く言ってくる幹事の子に笑顔で首を横に振り、手を上げて退社する事を伝えた。それを見た幹事の子が古参の課員に言う。


「あっ、課長が帰っちゃいますよ! 山添さんも何とか言って引き止めて下さいよ!」


「いや〜、美弥ちゃん。これは無理だわ。今日は課長、プライベートで用事があるみたいだし。課長、僕達で使っちゃって良いんですか?」


 古参とはいえ三十代の山添係長補佐がそう聞いてきたので俺は黙って頷く。しかし、こいつも俺の手振りでプライベートで用事があると見抜くとは、大したものだ。思えば俺は優秀な部下たちに恵まれている。俺が部屋を出る時には、そんな優秀な部下たちが口々に、


「課長、お疲れ様でしたっ!」

「課長、また月曜日からお願いします!」

「課長、ゴチになりますっ!!」


 そう声をかけてくるので、俺は背中越しに手を上げて応えて部屋を出た。


 俺の名前は磯貝いそがい澄也とうや。誕生日が過ぎて四十五歳という年齢になった。未だに独身。何故ならば俺は人と喋るのが苦手だからだ。子供の頃から苦手だった、大人になれば治るかもと思ったが、やっぱり苦手なままだった。

 そんな俺でも雇ってくれた社長には感謝しかない。しかも、課を一つ任される課長という役職まで賜っている。

 俺は喋れない訳ではない。家では独り言も言うし、テレビを見て面白ければ笑いもするし、時にはツッコミもいれている。そう、人が居なければ俺は喋れるのだ。

 そんな俺を何故出世させてくれたのか、その理由は分かっている。そう、今でも俺についてきてくれている、優秀な部下たちのお陰なのだ。

 

 今まで彼らは俺の手振り、目線を読み解き、その指示を的確に判断して仕事をしてくれた。そんな優秀な部下たちのお陰で俺は出世した。いや、してしまった。それならば、俺みたいな上司が居ない方が打ち上げは盛上がる筈だ。皆、優秀過ぎて俺みたいな無能な喋らない上司の愚痴を好き放題に言えるだろうから。


 ソレに、プライベートで用事があるのも本当だった。今日は従妹いとこが家にやってくる日なのだ。何でも暴力夫と離婚したのはいいが、同じ県で住むのは嫌だけど、頼れるのが澄兄しか居ないから暫くだけでもいいから居候させてと言ってきたのだ。

 従妹とは言ってもまだ若く、二十七歳で俺が喋る事の出来る女性の中の一人だ。いや、見栄をはったな…… 唯一喋る事の出来る女性だ。


 従妹には郵便で先に合鍵を送っており、今頃は部屋で待っているだろう。と、思って家の近くまで帰ってきたらその従妹が目の前で、元旦那に乱暴に手を引かれて連れ去られそうになっていた。俺は慌てて駆け寄った。


 そして元旦那の従妹を引っ張っている手を強く握り締めた。



「イデデデデデッ!! 畜生、誰だ手前てめーはっ! 俺はコイツの旦那だよっ! 手を放しやがれっ!!」


 戯言を聞く気はない俺は更に強く手を握る。


「グワーッ、くそ、放せよっ!!」


 そんな男の叫びに重なるように、従妹が叫んだ。


澄兄とうにい!!」


「もう、大丈夫だ。家に入って鍵をかけておけ」


 俺の言葉にうんと頷いて従妹は家に駆け込んだ。そして、騒ぎを聞きつけ誰かが通報してくれたのだろう。警察官が二人、走って来るのが見えた。それは元旦那にも見えたようで、


「クソッ! 俺は捕まる訳には行かないんだよっ!!」


 と言って、ポケットから何かを出すと俺に向かって突き出してきた。走ってくる警察官に気を取られていた俺はマトモにそれを左胸に受けた。

 違和感を覚えた俺が自分の胸を見たら刃物が突き立っている。そんなあり得ない光景に俺も無意識に力を込めてしまったようだ。

 バキッ! という音と共に俺が握っていた元旦那の骨が折れる。


「グワーッ!!」


 という元旦那の叫び声を遠くに聞きながら、俺の意識は遠くなった……



 気がついたのは何故だ? 俺は明らかに死んだと思ったのだが…… そうか、信じて無かったが死後の世界というのはあるんだな……

 俺が黙考していると聞こえた声。


『はーい、磯貝澄也さん!! 私の眷族の子が間違えちゃって、死んでしまってゴメンねぇ〜』


 何か軽いな…… ソレに誰だコイツは?


『あ〜、私は神様だよ〜。アメノウズメのみことって名前を人間に貰ってるけど聞いた事ない?』


 ああ、引きこもりになったアマテラスを騙して引きずり出した邪神か……


『ちょっとっ!! ヒド〜イ! あの時にアマテラス様を岩戸から出さなかったらず〜っと氷河期が続いてたんだからねっ! 私のお陰なんだから感謝してよねっ!』


 いや、しかし自分の上司が傷ついて引きこもりになっているのに、ソレを無視して無理矢理引きずり出したのは事実の筈だ……


『ホントにもう〜っ! それ以上言うと怒るわよ〜! って言って喋ってないんだったわね……』


 そう、この自称神様はさっきから俺が頭で考えた事に対して返事をしてきていた。

 そうか、俺は死んだか…… その時に俺はハッキリと自分が死んだと自覚したのだった……






 


 

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