44
その後、連絡を受けて
それでも、火傷の治療だけはと、たま子が眠っている間に火傷の治療が行われた。
化想によって負わされた火傷は、腕に数ヶ所見られたが、幸いどれも軽いものだった。その過程で、たま子の右肩に酷い火傷の跡があるのを見つけた。いつ頃負った傷なのか、黒く焼けただれた跡は、何度もその上から重ねられた傷で、その痛みの深さを想像するだけで、梓の胸を痛ませた。
梓は火傷の治療を施すと、衣服を直し、服の上からそっと右肩に触れた。それからたま子の寝顔を見て、優しく頭を撫でた。
「ごめんね、もう大丈夫よ」
そっと声をかけると、眠るたま子の眉間の皺が幾分和らいでいく。
ちょうどその時ドアがノックされ、
「たま子は?」
「まだ眠ってる。今夜はもう目を覚まさないかも」
「そう…」
「…ねぇ、化想って、寝てる人にはきかないの?」
「どうして」
「…どうせ見るなら、良い夢見せてあげたいと思って。ずっと、辛そうな表情なんだ」
野雪はベッドに近づくと、暫したま子の寝顔を見つめ、やがて力なく俯いた。
「…俺、助けてあげられなかった。ずっと一人で苦しんでたのに」
「それは、皆一緒」
「…たま子、出て行くのかな」
「どうかな…でもさ、たまちゃんが何を選んでも、待ってようよ。帰る場所って、一つじゃなくても良いじゃない。待っていてくれる人がいるのは嬉しいし、安心するでしょ?」
「…うん」
野雪は、しっかりと頷いた。表情はいつも通り無表情だったけれど、それは優しさで満ち、どこか泣きそうにも見えた。もしかしたら、自分の境遇とたま子を重ね見たのかもしれない。梓はそんな野雪も優しく包むように、そっと野雪の頭を撫でた。
それから三日間、たま子は眠り続けた。
目を覚ましたたま子は、虚ろな視線を窓へと向けた。バルコニーへと続く窓だ、カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいるのが見え、その眩しさに、暫く目が開けられなかった。
体を起こそうとするが、体のあちこちが軋み、上体を起こすだけでやっとだ。それから腕に違和感を覚えて目をやれば、そこにはきちんと包帯が巻かれていた。
そっと包帯を撫で、たま子はどうにかベッドから下りると、窓へと向かった。体は部分的にヒリヒリと痛んで気怠く、食事を摂っていないせいか、足元がふらついた。まだ頭もぼうっとしているが、歩けない程ではない。カーテンを開ければ、眩しい位の朝日が部屋の中を照らした。
「……」
再びの眩しさに伏せた瞼を持ち上げ、目が慣れてくると、たま子は光を見つめたまま窓に頭を預けた。朝の暖かな日差しが、額を伝って体の隅々まで染み渡るようだった。
少しして部屋を出ると、一階からは相変わらず賑やかな声が聞こえてくる。それから、食欲をそそるお味噌汁の香りも。
いつもの朝、たま子にとっても当たり前となってしまった朝がここにある。その日常を前に、たま子は思わず躊躇い足を止めれば、キッチンから出て来た
「たま!起きて大丈夫なの?」と、姫子が声を掛ければ、その声に気づいて皆が集まってきた。たま子を囲い、それぞれがたま子の体調を気遣う中、
「ほら、たまちゃん困ってるよ。病み上がりなんだから囲まないの」
そう言って、志乃歩はたま子の肩に手を乗せ、皆に囲まれた体を少し下がらせた。
「それで体調は?」と、改めて志乃歩が尋ねれば、たま子は困った様子で頬を緩めた。
「大丈夫です、すみません皆さん」
こんな風に心配してくれて、こんな風に受け止めてくれて。
そこまで言葉が出ないたま子に、志乃歩は笑ってぽんと肩を叩いた。
「何か食べれそう?とりあえず、朝食にしようか」
三日も何も食べていないので、姫子はたま子用にお粥を作ってくれた。無理しないようにと言われたが、素朴な料理も初めて食べたかのように美味しくて、温かくて、たま子はすっかりたいらげてしまった。
そうして皆で朝食を済ませた頃、梓が飛んでやって来た。たま子が目を覚ましたと、志乃歩から連絡を受けたからだ。
梓はたま子の姿を見て、心配そうに歪めていた表情を緩めた。良かったと、心底安心したその表情にたま子は戸惑い、たま子の戸惑いごと梓はたま子を抱きしめた。
「…あの、」
傷に障らないように気を遣いながらも、背を擦る手は温かくて、梓の気持ちが流れてくるようだった。
「ごめんごめん、」
梓はそう笑いながら、涙ぐんでいるようだった。抱きしめながら目元を擦り、たま子の体を離した時には笑顔を浮かべていたが、すぐに涙が戻ってきて、「も~良かったよ~」と、再びたま子を抱きしめるので、皆はおかしそうに笑っていた。たま子も温かなこの空間につられて頬を緩め、そっと梓の背中に手を回した。控えめに肩に頬を寄せれば、その温かさにほっと気持ちが安らぐようだった。
その後、改めて梓が診察したが、たま子の体調に、問題は特別見つからなかったようだ。健康体、と胸を張っては言えないが、治療を施した火傷の他に外傷もなく、志乃歩が見ても、血印により心が化想に囚われている様子もない。体の重怠さや頭がぼんやりする位だ。
それから、自ら話をしたいと申し出て、たま子は皆の集まるリビングにて、今回の騒動に至った経緯を話し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます