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それから
たま子は、怪我や血を使って化想を出した事もあり、今夜は
主犯である術師の男は項垂れていたが、少年の術師は毅然な態度で、真っ直ぐ前を向いていた。背丈はたま子より少し低く、髪は短い黒髪で、襟の付いた黒いつなぎは、膝が少し破けていた。目付きは少々悪いが、その顔はまだあどけなさが残っている。
少年が車に乗せられ、たま子が声を掛けようとすると、少年がたま子に気付き、そっと微笑みかけた。
たま子は、その微笑みに掛ける言葉を飲み込んだ。たま子の失敗を、彼は責める事はない。その表情一つで伝わってくる、大丈夫、心配いらないと。
そのまま少年は壱登の車に乗り、たま子は遠ざかる車を、呆然と立ち尽くし見つめていた。
少年への心配と、良くも悪くも自分の支柱となっていた部分が無くなり、心の中からぽっかりと何かが抜け落ちたような気がして、これで良かったのか、この先自分達はどうなるのかと、胸が不安に呑まれ落ち着かなくなる。
「…たま?」
たま子の様子を見て、
今は自分の事を考えてる場合ではない。自分の選択によって、傷ついた人達がいる。しなくていい思いをさせてしまった人達がいる。あんなに優しくしてくれた人達なのに。
「ごめんなさい!こんな事して、皆さんを裏切るような事をして、本当にごめんなさい…!」
顔が上げられなかった。怖かった、情けなかった。突きつけられたものに反発も出来ない、弱い自分が、悔しい。
たま子の背中が小さく震えて、そんな彼女に、志乃歩は「分かってたよ」と、穏やかに声を掛けた。
「君の事を分かって側に置いたのは僕だ。相手とか、何が目的とか考えてないで、君の話を聞けば良かった。そうしたら、君が悩む事も傷つく事もなかったかもしれないのにね」
「え…?」
その言葉に、たま子は戸惑い顔を上げた。志乃歩は眉を下げ、頬を緩めた。その優しい表情に、たま子は瞳を揺らした。
「裏切られたとか思ってないよ。たまちゃんは、僕らを傷つけなかったじゃない。それに
ね、と振り返る志乃歩に、野雪は頷いた。
「うん。助かった、ありがとう」
相変わらず淡々とした言い方だが、不思議と野雪の言葉は、真っ直ぐとたま子の心に届く。
だから、たま子は更に狼狽えてしまった。責められこそすれ、感謝されるとは思っていなかったからだ。
「それは…でも、私は皆さんを危険に晒して、」
「危険なんてしょっちゅうだよ、僕なんて阿木之亥から野雪を連れ出してる訳だから、あっちこっちで狙われてるしね」
おどける志乃歩に、たま子は暫し皆の顔を見つめ、それから唇を噛みしめ俯いた。
志乃歩はわざとおどけて、たま子の心を軽くしようとしてくれる、たま子さえこの家に来なければ、皆が危ない目に遭う事はなかったのに。
それなのに、彼らはこの肩にのし掛かる物を下ろそうとしてくれる。
「…私も、連れ出されるなら、志乃歩さんみたいな人が良かった。そうしたら、あんな…」
たま子は声を震わせ俯いた。握った拳が震える。
「兄弟を守るには、私がやるしかなくて、でも、皆さんに会ったら、私、分からなくて、ここに居たいって望んでしまって…」
言葉が詰まり、涙が次々に零れ、たま子は、ごめんなさいと繰り返しながら、頭を下げ続けた。それしか出来なかった。
「たま、もう良いんだよ。アタシ達は、アンタを責めてないんだから!たまは悪くない!」
姫子も涙声になりながら、たま子に寄り添い、その体を抱きしめた。
しゃくり上げながらも止まらない謝罪に、その言葉の数だけたま子には背負っていたものがあるのだと気づかされる。姫子に縋りつくように、たま子は幼い子供のように泣き続けた。
そして、気づいた。こんな風に泣く事すら、許されなかった事を。
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