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「さすがにこれは、荒療治ね」


心なしかしゅんとしている野雪のゆきに、女性が困った様子で声をかけた。ここは、たま子の自室だ。元々ここは客室で、白い壁には姫子ひめこが贈ったメイド服が掛かり、シックなベッド、木製のデスクやタンスが置かれている。


ベッドで横になっているたま子の傍らで、小さく溜め息を吐いた女性は、宮脇梓みやわきあずさ、三十二才。長い黒髪に、整った顔立ちの美人で、きれいめカジュアルな服を好んでいる。足元はいつもローヒールだ。

彼女は化想に通じる医者で、化想を生み出した人や、化想を生み出してしまいそうな人のケアも行っており、注意した方が良い患者がいれば、志乃歩に連絡するようになっている。志乃歩しのぶ達も頼れる仕事仲間だ。

廃工場で出会ったたま子を診察したのも、彼女だ。


「…ごめんなさい」

「まぁ、落ち着いたから良かったけど」


志乃歩からたま子が倒れるまでの経緯を聞き、野雪が言った事や、化想を見せた事は、たま子を助けようとしての事だと梓も分かっている。

梓は目を細め「ありがとうね」と、野雪の肩をポンと叩いた。野雪は小さく首を横に振り、しょんぼりとたま子に視線を向けた。

野雪の化想の世界から出た今、たま子は呼吸を安定させて眠っている。


「…俺と似てる気がしたんだ」


野雪は眠るたま子のベッドの傍らで膝をつき、「ごめん」と、小さく呟いた。

きっと傷つけた、助けたかったのに、やり方を間違えて、苦しい思いをさせてしまった。


「…ねぇ、野雪君」


梓の声に、野雪が顔を上げる。


「また、助けてあげてね、たまちゃんの事」


梓の優しい声に、野雪は頷いた。やはり無表情だったが、それでもしっかり頷いた姿に、梓は柔らかに表情を緩めていた。






その夜。たま子が目を覚ますと、目の前に野雪の顔があり、たま子は目を丸くした。


「え、!」


たま子の声に反応して眉根を寄せた野雪に、たま子は咄嗟に手で口で塞いだ。野雪の眉間の皺が徐々に取れると、たま子はほっと肩から力を抜いた。

野雪はたま子の枕元に頭を預け、すっかり眠っているようだった。


心配してくれたのだろうか。そんな期待が嬉しくて、胸の奥が少し熱くなった。あどけない寝顔を見て、そっと前髪に触れてみる。野雪が何か寝言を言った気がして、たま子は思わず口元を緩め、緩めたら何故だか泣けてきて、慌ててベッドに潜り込んだ。野雪に背を向けて布団を被ると、込み上げる思いに、一人涙を押し殺した。





次にたま子が目を覚ました時、そこに野雪の姿はなく、カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいた。


「…朝…」


ぼんやり呟いて、たま子ははっとしてベッドから飛び起きた。その勢いのまま部屋を出ようとして、ドアノブを掴んだまま足を止めた。


昨日、取り乱して倒れた自分を、皆はどう思っただろうか。野雪は、自分の目的に気づいたから、あの化想を見せたのだろうか。この部屋にいたのも、見張りの為だったのだろうか。


たま子は、自分の姿を見下ろした。きっと着替えは姫子がしてくれて、ここに運んでくれたのは志乃歩だろうか、体調に違和感がないのは、もしかしたら梓が診てくれたのかもしれない。

それも全て、この場所に自体を繋ぎ止めておく為のものだったのだろうか。


「…そんなの、考えたってしょうがないのに」


たま子は自嘲して、ドアを開けた。

今更、何を考えているのか。疑われたら終わりなのは分かっていた、それでも果たさなくてはならない目的がたま子にはある。この家に染まってはいけない、夢を見てはいけない。自分は、野雪のようにはなれない。





それでも不安を覚えつつダイニングに顔を出すと、たま子が拍子抜けするくらい、そこにはいつも通りの朝が広がっていた。


「おはよう!たまちゃん、具合どう?」

「たま、大丈夫か?」

「気分が優れないなら、休んでて良いんですよ」


志乃歩達に心配そうに声を掛けられ、たま子は戸惑いつつ頭を下げた。


「ご心配をおかけして、すみません。もう大丈夫です、ありがとうございました」


頭を下げながら、ドッドッと、打ち付ける心臓が煩かった。彼らが本当に心配してくれているのが分かる、何か気づかれたかもしれないと、たま子はそればかり考えていたのに。

彼らは温かい、温かいから、怖くなる。


「ほら、野雪!」

「ごめんなさい、たま子」


姫子にせっつかれて頭を下げる野雪に、たま子は必死に頭を横に振った。

星空の下で見た野雪の過去は、野雪からのメッセージだ。野雪は気づいていないのだろうか、いや、気づいていて、気づかない振りをしてくれているのか。

たま子は、ぎゅっと手を握る。

分からなくなる、自分がどうしたら良いのか。この優しさに嘘はないと思ってしまう、この人達を裏切ろうとしている事に気持ちが揺れている。

ここにいたいと、望みそうになる。

誤魔化しを表情に貼り付けるのは得意なのに、それすら辛くて、ちゃんと笑えているのか不安でならなかった。




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