30
「さすがにこれは、荒療治ね」
心なしかしゅんとしている
ベッドで横になっているたま子の傍らで、小さく溜め息を吐いた女性は、
彼女は化想に通じる医者で、化想を生み出した人や、化想を生み出してしまいそうな人のケアも行っており、注意した方が良い患者がいれば、志乃歩に連絡するようになっている。
廃工場で出会ったたま子を診察したのも、彼女だ。
「…ごめんなさい」
「まぁ、落ち着いたから良かったけど」
志乃歩からたま子が倒れるまでの経緯を聞き、野雪が言った事や、化想を見せた事は、たま子を助けようとしての事だと梓も分かっている。
梓は目を細め「ありがとうね」と、野雪の肩をポンと叩いた。野雪は小さく首を横に振り、しょんぼりとたま子に視線を向けた。
野雪の化想の世界から出た今、たま子は呼吸を安定させて眠っている。
「…俺と似てる気がしたんだ」
野雪は眠るたま子のベッドの傍らで膝をつき、「ごめん」と、小さく呟いた。
きっと傷つけた、助けたかったのに、やり方を間違えて、苦しい思いをさせてしまった。
「…ねぇ、野雪君」
梓の声に、野雪が顔を上げる。
「また、助けてあげてね、たまちゃんの事」
梓の優しい声に、野雪は頷いた。やはり無表情だったが、それでもしっかり頷いた姿に、梓は柔らかに表情を緩めていた。
その夜。たま子が目を覚ますと、目の前に野雪の顔があり、たま子は目を丸くした。
「え、!」
たま子の声に反応して眉根を寄せた野雪に、たま子は咄嗟に手で口で塞いだ。野雪の眉間の皺が徐々に取れると、たま子はほっと肩から力を抜いた。
野雪はたま子の枕元に頭を預け、すっかり眠っているようだった。
心配してくれたのだろうか。そんな期待が嬉しくて、胸の奥が少し熱くなった。あどけない寝顔を見て、そっと前髪に触れてみる。野雪が何か寝言を言った気がして、たま子は思わず口元を緩め、緩めたら何故だか泣けてきて、慌ててベッドに潜り込んだ。野雪に背を向けて布団を被ると、込み上げる思いに、一人涙を押し殺した。
次にたま子が目を覚ました時、そこに野雪の姿はなく、カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいた。
「…朝…」
ぼんやり呟いて、たま子ははっとしてベッドから飛び起きた。その勢いのまま部屋を出ようとして、ドアノブを掴んだまま足を止めた。
昨日、取り乱して倒れた自分を、皆はどう思っただろうか。野雪は、自分の目的に気づいたから、あの化想を見せたのだろうか。この部屋にいたのも、見張りの為だったのだろうか。
たま子は、自分の姿を見下ろした。きっと着替えは姫子がしてくれて、ここに運んでくれたのは志乃歩だろうか、体調に違和感がないのは、もしかしたら梓が診てくれたのかもしれない。
それも全て、この場所に自体を繋ぎ止めておく為のものだったのだろうか。
「…そんなの、考えたってしょうがないのに」
たま子は自嘲して、ドアを開けた。
今更、何を考えているのか。疑われたら終わりなのは分かっていた、それでも果たさなくてはならない目的がたま子にはある。この家に染まってはいけない、夢を見てはいけない。自分は、野雪のようにはなれない。
それでも不安を覚えつつダイニングに顔を出すと、たま子が拍子抜けするくらい、そこにはいつも通りの朝が広がっていた。
「おはよう!たまちゃん、具合どう?」
「たま、大丈夫か?」
「気分が優れないなら、休んでて良いんですよ」
志乃歩達に心配そうに声を掛けられ、たま子は戸惑いつつ頭を下げた。
「ご心配をおかけして、すみません。もう大丈夫です、ありがとうございました」
頭を下げながら、ドッドッと、打ち付ける心臓が煩かった。彼らが本当に心配してくれているのが分かる、何か気づかれたかもしれないと、たま子はそればかり考えていたのに。
彼らは温かい、温かいから、怖くなる。
「ほら、野雪!」
「ごめんなさい、たま子」
姫子にせっつかれて頭を下げる野雪に、たま子は必死に頭を横に振った。
星空の下で見た野雪の過去は、野雪からのメッセージだ。野雪は気づいていないのだろうか、いや、気づいていて、気づかない振りをしてくれているのか。
たま子は、ぎゅっと手を握る。
分からなくなる、自分がどうしたら良いのか。この優しさに嘘はないと思ってしまう、この人達を裏切ろうとしている事に気持ちが揺れている。
ここにいたいと、望みそうになる。
誤魔化しを表情に貼り付けるのは得意なのに、それすら辛くて、ちゃんと笑えているのか不安でならなかった。
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