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この九頭見くずみ邸に住まう住人達は、皆が化想操術師けそうそうじゅつしだ。

志乃歩しのぶはこの家の家主であり、化想操術師として仕事を請け負う、クズミ化想社の社長でもある。


化想とは、頭の中でイメージした物、その心の反映した物が指先を伝い、実体を持って現実に現れてしまうこと。それは、物でも生き物でも世界でも、イメージした物ならどんな物でも現実に生み出してしまう。


化想操術師とは、その化想を操れる技術を持つ人の事で、志乃歩達はその技術を使って、無意識に化想を出してしまう人々の化想を治める仕事をしている。それというのも、化想は外に出てしまえば当人以外の人にも見えて触れる事が出来るし、それが事件や事故に繋がる可能性があったからだ。そして化想は、当人の意思以外には、同じ化想でしか消すことが出来ない。


志乃歩は、化想を治める他、無意識に化想を出してしまう人や、その可能性のある人のケアも行っており、カウンセラーとしても働いている。


クズミ化想社の社員は、先程ワゴン車に乗り込んだ者で全てだ。

黒兎くろとは現場に出ながら志乃歩の秘書をしており、姫子ひめこは家政婦の仕事も担っている。

野雪も社員だが、志乃歩の養子でもある。

最近では、新たにたま子が加わり、山の上に建つあの洋館で、皆、共同生活を送っていた。





ようやく車が山道を下り始め、志乃歩は思い出したように後部座席を振り返った。


「あ、さっきの話の続きだけどさ。たまちゃんの場合は、どんなに頭でイメージしても、描いた絵のままでしか実体が生み出せないでしょ?そんなパターン滅多にないんだ」


「そうなんですか…?」と、たま子は目を瞬いた。


「どこかで特殊な訓練でも受けないと、そうはならない。誰だって、絵を描いてる内に自然と頭ではイメージを浮かべてる。どんなに絵が上手でも下手でも、描きたいもののイメージは頭の中で完成している、それが指先に伝って、その先に化想操術がある」

「でも、無意識でそれを出してしまう一般の人もいるんですよね?」

「君は無意識でやってる?」


志乃歩の言葉に、たま子は言葉を詰まらせた。


「そもそも同じだよ。無意識の方が、描いた絵よりも、イメージそのもの、心の中の思いそのものが化想として現れる。絵がそのまま化想として現れるのは、意識してそうしてるって事だ。どんな下手な絵も、そのまま現れるように。さて、これは何を意味するのかな…」

「的確にイメージした物を具現化出来る力と、イメージしなくても描いた物を具現化出来る力。もし意図的に訓練されていたとしたら、怖いのは後者ですね」


黒兎が前を真っ直ぐ見ながら言う。山の中の道というのを忘れる程、黒兎の運転はスムーズだ。どんなに車に酔う人も、黒兎の運転ならそれほど酔わないかもしれない。


「何の感情にも左右されずに化想を生み出せるなら、そっちの方が怖い。隙のない完璧な兵器も作れるでしょうね。それを強制されてきたなら、その環境の方が恐ろしいですが」


バックミラー越しに黒兎と目が合い、たま子は責められているような気持ちになり、目を伏せた。


「記憶を失ってるたま子に、何を聞いてもしょうがないだろ」


言いながら、姫子がシートに背を預けて足を組み替える。大変セクシーな姿だったが、これにドキリとしてしまうのは、たま子だけのようだ。皆にとっては見慣れた姿だからか、それとも姫子の男前な性格に、そんなドキリとする気持ちも忘れてしまったのか。そんな中、たま子は突然姫子に肩を抱き寄せられ、更にドキリと胸を跳ねさせた。ふわりと感じる甘い香りは、同じ女性として憧れてしまう。


「つーかアンタら!たま子をビビらせてるだけってのが分かんないの?もっと気を遣えないのかよ」


可哀想にと頭を撫でられ、たま子は申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめんごめん、そういうつもりじゃないんだ」

「そうやって、悪気の無い言葉が凶器になるんだからな!」

「それについては私も謝りますが、姫子、あなたの社長への態度は何ですか!それが我らが主に対する言葉遣いですか!」

「あー、はいはい、黒兎ありがとう、でも今は前を向いてくれ。たまちゃん、本当にごめんね」


苦笑いつつも申し訳なく謝る志乃歩に、たま子は慌てて頭を横に振ったが、姫子はまだ黒兎を威嚇している。


「お喋りはこの辺にしようか、今は人命が掛かってる可能性もあるからね」


車の前に目を向ければ、あのシラコバトが飛んでいる。もうすぐ山道が終わる、その先にあるのは東京の街だ。


「場所は、学校だ。西ノにしの高等学校」


場所は、先程シラコバトから聞いていた。シラコバトは志乃歩の化想で、言葉を使わずテレパシーのように術者と会話が出来る力を持たせて生み出した。それも、イメージの力を扱える術師ならではの技術だ。


志乃歩はスマホを取り出すと、どこかに電話を掛け始めた。その内に、また黒兎と姫子の間で言い争いが起きたが、そんな賑やかな車内でも、野雪のゆきはただ黙って窓の外を見つめるだけだった。



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