第35話 長男の四十八歳の誕生日けふ。若き産科医たりし日々よみがへる

 医学生だったころ酒の席で、公式庭球部の先輩医師からデタラメな都市伝説を聞かされ、産科婦人科への入局を勧誘された。

「医者は自分の専門領域の病で死ぬ!」


 私が産科医になったホントの理由(わけ)は、そんな話を真に受けたわけからでもなければ、二次会でキャバレーに連れて行ってもらったからでもない。


 医学部を卒業したら基礎医学講座へ進み学者をめざす?

「ありえない」


 せっかく医者になるんだったら、やはり臨床医になろう。

「内科医と言う柄ではない。やはり外科系でしょう」


 …といって、医局員が百人以上もいるようなホンモノの外科では「教授に名前さえ覚えてもらえないかもしれない」とあきらめる。


 こじんまりとした外科系は…。

「整形外科は(解剖学で苦労させられた)骨の名前がトラウマとなって却下」

「泌尿器科か? 産科婦人科か?」


 臨床実習での思い出…。

「おめでとうございます!」と、赤ん坊を抱かせてもらって分娩室の外で待つ家族へ見せに行ったとき受けた一言。

「ありがとうございます!!」


 何をしたわけでもない学生の自分にかけられた一言で、じぃ~んとわいてきた「晴れがましい」思い。


 こうして、昭和48年春に一人の産科医が誕生したのであった。


 ―― めでたしめでたし ――

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