第26話 終戦直後の焼け野原

【8日目、ヌワナエリア~ナタラニア。私の値段はバナナ3本分。】


1月4日木曜日。シミを数えていたら頭も冴えてきたので、いい加減、起床することにする。同室の皆さんはまだゆっくりお休み中だから、静かに全ての荷物をロビーに出し、荷造りをすることにした。

このフロントは24時間、開いているわけじゃない。

旅立とうとした時、玄関が開かなくてどうしようかとロビーで呆然としていたら、たまたま宿のスタッフが6時から朝食の準備をしていることを知っていた宿泊客がトイレで起きてきて、4階にある朝食ルームに従業員がいるよ!と教えてくれた。

 朝食ルームに急いで行ってドアを開けてもらうようにお願いし、6時30分に何とか出発できた。

キャンディの朝は重い。そう感じるのは、体調のせいもあるだろう。

人通りはほとんどなく、時折、客を運び終わって戻ってくるトゥクトゥクやタクシーが走り抜けていく以外は、音さえもしない。

 バスターミナルまで行く道中には、イギリス統治時代を思わせるコロニアル建築が散らばる街並みが顔を覗かせる。キャンディの街は胃に優しい穏やかな色使いの建物が多く、街そのものは非常に居心地の良いものだった。

 時計時計塔の右手に学校があり、近づくとようやく、早くに登校した子どもたちのはつらつとした姿と声が聞こえてきた。きちんとした身なりで、日本のランドセルに近い鞄を背中に担いでいる。きっと私立のセレブ学校なのだろう。コロニアル建築の学校でどのような学問を学んでいるのだろうか。

 学校を後にし、左手に見えてきたキャンディマーケットを通り過ぎると、キャンディ駅に到着する。

 本当はキャンディ駅8時42分発の電車でヌワナエリヤに向かう予定だったのだが、それを利用すると、ヌワナエリヤに12時台の到着になる。今日のうちに、アダムスピークのふもとの街、ナタラニアまでたどり着かなければならない。となると、ヌワナエリアの観光は午前中のうちに終わらせておきたい。

 8時台より前の電車はないので、今回は電車で行くのは断念した。

 ヌワナエリヤ行きのバスはキャンディ駅横のバスターミナルから出る。下調

べの段階では、47番乗り場から発車すると書いてあった。全く通りには人がいなかったのに、このバスターミナルだけは、異常なほどの人の熱気で温度が高かった。いったいどこから人間が湧いてきたのだ。通勤客とお土産売りにもみくちゃにされながら、乗り場へ近づく。

 バスターミナルそのものは、終戦直後の焼け野原に造られたバスターミナル

を思わせるクオリティである。埃っぽいし、空気も悪い。思わずマスクを装着した。

 乗り場付近をうろついていたスタッフに、ヌワナエリヤ行きのバスはどれか?と聞くと、静かに赤バスを指さす。瞬時に昨日の悪夢がよみがえる。ヌワナエリヤまでの道は山道で相当な覚悟がいると聞く。

 インターシティバスは8時までないと赤バス運転手は話す。また投げ落とされないだろうか。私、生きているかなぁ。一向に不安は消えないが、バスがないのなら仕方がない。覚悟を決めよう。旅人にとって時間は貴重だ。とりあえずスーツケースは運転席の後ろで預かってもらう。そして左の一番前に着席した。

 7時、ほぼ満席になったのでキャンディを出発。キャンディからのヌワナエリヤまで120ルピー。

 1960年代の音楽シーンに出てきそうな風貌のドライバーがハンドルを握る。なかなかの運転で、30分ほどで完璧に酔う。キャンディから標高1868mのヌワナエリアの高原まで、バスはあえぐように必死に走る。約3時間の道のりは、本当は目を閉じたいのだが、横暴な運転は目を閉じる余裕すら与えてくれない。気を抜いたら、確実に座席から転げ落ちてしまう。

 10時前にヌワナエリヤバスターミナルに到着した。

 激酔い。道中、途中で20分ぐらいの休憩を挟むのだが、その時はもうヘロヘロ。山道のピンカーブが酷すぎる。もう、乗車したくない。

 私のように車酔いする人は、やはり電車で行った方が良いかと思う。

 バスターミナル前には赤い屋根の郵便局があった。この街で一番古い建物で、植民地統治時代の1828年に造られたもの。どことなくイギリスの田舎にある小さな家を思わせるデザインであり、可愛らしい。

 ヘロヘロ状態で下車すると、一人のおっさんが近づいてきて、私のスーツ

ケースを下すのを手伝ってくれた。

「今日の予定は??」

と聞いてくる。ともかく私は体調が悪いから、まずきれいなトイレに行きたい、と告げると喫茶店のトイレへ案内してくれた。こんな時、この人大丈夫かしら??なんて思考は働かない。ともかくトイレに行って休みたい、その一心しかない。

 重い体を引きずるように歩きだし、トイレに直行。そんなにきれいじゃないじゃん…と言う言葉を飲みこみ、全てを終える。

 その間、店の外でおとなしく待っていた、おっさん。

 悪い人ではなさそうだから、観光を頼もうかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る