水沢朱実

第1話

昨日、長生きをした猫が死んだ


死んだ母の誕生日だった


父に「すずは死んだよ」

と聞いても、正直何も考えられなかった。


雨の日の夕方に、拾われてきた子猫だった。


雨の好きな子だった。

茶色の眼で、外の雨をじっと見つめていた。

身じろぎもせず。


雨の向こう側に、私たちではない

本当の自分の家族の姿を見つめていたのだろうか


「すず」

名前を呼ぶと、振り返る。

「お外見てるの?」

にゃあ、と鳴く。

私はその眼をのぞき込み、頭をそっと撫でる

猫は眼を細めて、

されるがままになっている。


「何、見てるの?」


返事など、出来る訳はない。

ただ、私も、

「彼女」が何を考えているのかを、本気になって知りたがっていたのかもしれない。


暗転。


新しいタオルで包んだ猫をなでてやることもできず

まして顔を見てやることもできず


ただ


私は茫然と時を過ごしている


お母さんの誕生日まで、頑張ったの?


すず


お姉ちゃんはここにいるよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

水沢朱実 @akemi_mizusawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る