私の好きな『もの』

水沢朱実

第1話

信号が変わる直前の、歩行者用信号の点滅は好き。

だって、対角線上に渡りたい時、待たずにすぐ渡れるから。

スクランブル交差点のない、私の住む街では、こういうものは

実にありがたくて好き。


学校の校庭で好きなのは、古びたサッカーのゴールポスト。

鉄が生々しく凸凹に浮き出たり、白や赤のペンキに塗られたり。

でも、古びていれば古びているほど、そんなゴールポストこそ、

サッカー好きの子どもたちに愛されているようで、私は好き。


ゆずの細かく刻んだのが好き。

母が料理をする時、時々隠し味に使う。

食べた時は味の記憶がうるさくて、何の味だかさっぱりわからない。

食後のお茶を飲む頃に、あっと気付く。

言い当てると、

「美味しかったでしょう?」

と微笑む母。

ゆずと母の笑顔。

二つ合わせて大好きだ。


私が好きな人は、あなた。

背中にほくろがあるのって、ちょっとセクシーだよね。

気まぐれによく、異性の好きなタイプを口にするのもあなたらしい。

「冗談ですけど」

口にするたび、そう言って否定するけど、さて、あなたの

本当に好きな人は誰なのやら。


「春はあけぼの、夏は夜、・・・・・・」

平安時代のさる高貴な女性が季節の好きなさまを歌ったように、私は私の好きな

「もの」をつらつらと書き並べる。

千年、二千年後にまで残って、人の目に触れる保証なんてないけれど、

そうなったら、それはきっと素敵ね。




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私の好きな『もの』 水沢朱実 @akemi_mizusawa

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