ビリーブ・ハート
空希果実
ビリーブ・ハート
――齢38にして不敗神話の権化。
ミッション達成率100%を誇る、伝説の殺し屋であり傭兵でもある山下達成(やましたたつなり)。
そして、闇の業界で最も畏怖される彼と同格の実力を持つパートナー、表の顔は人気アイドルであり、裏の顔は天才くノ一として名を馳せる、楓凪子(かえでなぎこ)。
絶対無敵のコンビとして知られる2人が、今、絶対絶命のピンチにあった。
敵(ターゲット)の名は、神馬左鳥(じんばさとり)。新興宗教一二三(ひふみ)の会の教主である彼と達成たちは対決していた。
桁違いの闘気(オーラ)を有する神馬左鳥に対し、防戦一方の2人は死の間際まで追い詰められていたのだ。
「フハハハハ、とんだ肩透かしだな? 不敗神話を誇り、死神と恐れられた山下達成がまさかこの程度の実力だったとは。笑止千万。真打にはほど遠い――露払い程度が分相応よ」
「……うっ………ぐ」
地を這い、満身創痍で立ち上がることすら出来ず呻く達成に、勝利を確信した神馬左鳥が重厚感のある低音の声質で挑発的に侮蔑の言を浴びせる。
「山下クン! お願い! 立って!」
左鳥からの目線で牽制を受け、動けないでいる楓凪子が声を張って達成の覚醒を促す。
……しかし、達成の意識は戻らなかった。
「詰み(チェックメイト)よ。せめてもの情けだ。最後は楽に逝かせてやろう。弱き者は消えゆく運命(さだめ)……吠えよっ、終焉の紅蓮――梅炎虎(ばいえんこ)ッ!!」
そう発した神馬の手先から、パッと梅の花々が飛び散り、その花吹雪の中を切り裂くように青い炎を身にまとった虎の化身が飛び出てきた。
炎の猛虎は達成を飲み込もうかという勢いで、迅速に達成との距離を詰めていく。
その摂氏12000°にも達する青い業火は、人体など一瞬の内に消し炭にしてしまう。
もうダメだ。達成の命は蒸発するように消えて終わる。と、明らかに誰の目にもそう思われた。
「山下クーーンッ!!」
「フハハハハハッ」
楓凪子の悲痛な叫びと神馬の嘲笑とが、朦朧(もうろう)とする達成の頭上で交錯した。
………。
1.帰国者
――西暦20XX年。
第3次世界大戦の傷跡がまだ生々しく残っている東京。
成田国際空港に降り立ち、レンタカーを借りた傭兵(ソルジャー)にして殺し屋(ヒットマン)、山下達成(やましたたつなり)。
彼は首都6号向島線江戸橋JCTを目指して車を運転していた。
(聞き及んではいたが、まさか東京がこんなことになるとはな……)
車のフロントウインドゥ越しに見える風景……巨大なビル群が瓦解し、多くの焼野原が広がる東京の街を目の当たりにして、達成は心の中でボヤいた。
車のサイドミラーには前髪で目が隠れ、少し憂いを帯びた達成の顔が映っている。
年の頃は30代で整った顔立ちに、やや細身だがよく鍛え上げられた身体、アクセルを踏み込む足は長めで、赤いTシャツの上に緑暗色の米空軍が着るジャケットを羽織り、下はジーンズ、靴は黒色のスケッチャーズのスニーカーを履いている。
達成はアクセルを踏み込み、所々に舗装がされている道路を加速していく。
――目的地は、秋葉原。
そこに3年ぶりに会う相棒がいる筈なのだ。
2人が組めば無敵と名高い、相棒(バディ)である天才くノ一、楓凪子(かえでなぎこ)が……。
他の車は疎らなので、達成のレンタカーは順調に変貌した都内の中を走り抜ける。
そして車は秋葉原に到着した。
達成は、駅近くの簡易な路上駐車場に車を止めて、大地を踏みしめる。
秋葉原エリアは比較的戦火の傷跡が少なく、疎らではあるがビル群が残っていた。
その残っているビルの中の一つに向って達成は歩みを進めていく。
目的のビルに到着した達成は迷わず地下へ。
ビルのB1フロアの入り口には、監視員の若い男達がいて、入り口から先は暗がりになっていて、薄っすらと色とりどりのレーザー光線がチラチラと漏れてきている。
「お客様ですか? 途中入場になりますが、入場料は1000円になります」
監視員の男の1人に言われて、達成はスマホを取り出し電子マネーで支払いを済ませる。
「どうぞお入りください」
「ほい」
軽く生返事した達成は、地下の会場の中へ。
入り口のドアを通り抜けると同時に、ガンガンに効かせた冷房とむわっとした人々の熱気が同時に身に降りかかってくる。
そして、若い男女の激しい嬌声が耳に飛び込んでくる。
「るんるんちゃーん!! るんるんちゃーん!!! こっち見てーっ!!」
「かわいいっ! かわいいっ!!! かわいいよぉおおおおおおっ!!!」
「いやああああああああああああああああ!!!」
すごくうるさい。
集団で地響きを立てているその様子に、三半規管が少しマヒするような感覚を覚えながら、達成は密集した若い男女の群れをかきわけていく。
その先には、ステージがあって、1人のゴリゴリに着飾った少女が立っていた。
――そう。ここは秋葉原が誇る地下アイドルステージ会場であった。
『南風るんるん』と表記されたキュートな装飾が施された板が掲げられていて、どうやらそれがステージに立っている少女の名前のようだ。
「街がこんな状態なのに何やってるんだか……」
小声で呟き誰にでもなく毒づいた達成は、やれやれといった様子でビルの柱にもたれかかり、腕組みをしてステージライブの様子を見守ることにした。
スポットライトを浴びたアイドル、南風るんるんがスタンドマイクに口を当てて喋り始める。
「みんなー! 今日も会えたね! ほんとうにサイッコーーっにうれしいよっ! みんなワタシのライブで生きてる実感もらって、これから復興していく世の中を楽しく生きてこーっ!」
「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」
南風るんるんの発言に対して、観客達が凄まじい勢いで呼応する。
一体こんな小娘の薄っぺらい発言の何処に感化されるんだ? と、達成は内心で訝しみつつ、それでもこの暗がりの箱の中の異様な熱気に魅入られて、少しだけ高揚感を覚えた。
「それでは、今日最後の一曲になります。シンガーソングライターにして、カリスマアイドルであるワタシ、南風るんるんの代表曲……『愛(I)がある限り』。どうぞヨロシクゥー!」
そして、イントロが流れ南風るんるんによる歌唱ショーが始まった。
巧みな振り付けでファン達も一緒にダンスしながら、心地の良いメロディーが箱の中を満たしていく。
しばしの忘我の時が流れ………満場の拍手に包まれつつ歌は終わった。
「ありがとー! みんなー! またねー! それじゃあ……いってらっしゃい!」
「「「「いってらっしゃい!」」」」
謎のワードでファンに別れを告げて、南風るんるんはステージの奥へと引っ込んでいった。
しばらくの間、ライブ会場の中は興奮冷めやらなかったが、照明が付き明るくなってからは徐々に帰り始める客が出始めて、少しずつ会場の中の人波は疎らになっていった。
達成は柱に寄りかかったまま全ての客が掃けるのを待つ。
カリスマアイドル南風るんるんこと、天才くノ一楓凪子と合流するためであった。
15分ほど達成が待っていると、全ての客が会場から退去し、達成とスタッフだけが残っている状態になった。
「困りますね、お客さん。早く帰ってくれないと」
スタッフの1人が面倒くさそうな様子で達成を会場から追い出そうとする。
「楓……じゃなかった。南風るんるんの知り合いなんだ。これから会う約束をしている。俺の名前は山下達成。……疑ってるなら、山下が待っていると彼女に伝えてくれないか?」
達成は、自分の名前をスタッフに告げた。途端にスタッフの顔が厳めしく歪む。
「はぁ~、いるんだよなぁ。こういう面倒臭い嘘をつくヤツ。お近づきになりたいからってデタラメ言い散らかすヤツが。……彼女がお前みたいなオッサンと顔見知りな訳ないだろうよ」
無礼な所作でハエを払うように、スタッフの男は達成を困った痛客扱いしだした。
間髪入れず、達成はスタッフの腕を握りしめ、ヒョイっと捻り上げる。
「だ・れ・が、オッサンだってぇ?」
達成は声を出しつつ、捻り上げた腕をギュギュっと一層絞り上げていく。
「痛いっ! 痛いっ! 暴力! 暴力反対! だっ、だれかっ!?」
細身の割に尋常ならざる達成の腕力に、たまらずスタッフの男は悲鳴をあげつつ周囲に助けを求めた。
すると。
「なんだか騒がしいネー。どうしたのぉ?」
間延びした若い女の声が聞こえてきた。
「こっ、コイツがっ!」
腕を捻り上げられているスタッフが状況を説明しようと声がした方を見やる。と。同時にフリーズする。
その女の子が当の南風るんるんだったからだ。
南風るんるんは派手な舞台衣装のまま会場の客席側へとやってきていた。
「あっ! 山下クンだっ! 来てくれてたんだっ。わーい♪ お久しぶりっ!」
「おう、丁度いいところに来てくれた」
そう言って達成は、スタッフの腕を離した。
その達成の手を取って、わーいわーいと南風るんるんが嬉しそうにはしゃいでいる。
その様子を見てスタッフの男は全てを察したのか、腕を擦りながらおずおずと奥の方へ引き下がっていった。
「3年ぶりだねっ、ちょっと老けた? どこの国に行ってたんだっけ? お腹は空いてる?」
腕を絡ませ、矢継ぎ早に南風るんるんは達成に質問をしていく。
「お前は相変わらず鬱陶しいな。イスラエルだ。3年もすれば普通は老ける。お前は変わってないみたいだが」
鬱陶しいと言いつつ、絡んでいた腕を達成は振り解く。
「エヘヘ、忍法若返りの術でワタシの美貌は1000年続くのダ♪」
邪険にされても、嬉しそうに南風るんるんは達成に懐いていく。……ファンがこの光景を目の当たりにしたら、ショックのあまりどうにかなってしまうであろう。
「どうでもいい。早く行くぞ」
こんなところに長居はしたくないぞと、達成は南風るんるんを促す。
「あっ、待って。この格好じゃ流石に問題があるから。チャチャっと」
そう言って南風るんるんは、柱の陰に身を隠す。……そして、1秒後に姿を表した。
その姿は、これまでのアイドル衣装とは打って変わって、濃い紫色の忍者衣装に頭からつま先まで切り替わっていた。
「どうダ。忍法早着替えの術~」
エッヘンと、南風るんるんこと、楓凪子は胸を張って誇る。
「相変わらず、お前の忍術は何でもアリだな……その格好の方が俺は目立つと思うが」
呆れたように達成は言って、じゃあ行くぞと会場の出口へと向かった。
「東京の街はコスプレイヤーで溢れているので問題ないのダ」
そう応えて天才くノ一楓凪子は達成の後を追った。
地上へ出て、2人はレンタカーを止めてある駐車場へと向かう。
「山下クン、イスラエル旅行はどうだった?」
楓が達成の横に並んで尋ねる。
「旅行じゃねーよ。戦地で仕事だろうがよ。……そうだな、一言でいえば、地獄だった」
遠い目をして、達成は答えた。
「ふーん、性欲の処理はどうしてたのダ? まさか、3年間独りでシてたとか? ププ」
「……楓。お前は相変わらずだな。いちいちお前に言うようなことじゃない」
からかい上手の楓に、達成はゲンナリとする。
「どうせ溜まってンでしょ。ワタシが今から口で抜いてあげよっか? どれどれ」
そう言って、楓は達成のジーンズのジッパーを下ろそうとする。
慌てて、達成は楓の手を払いのける。
「やめろ。昼間っから何考えてんだ?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。誰も気にしないのダから。ホレ、サービス♪」
サービスと言って、なんと楓は自身の豊満な胸を忍者服からモロ出しにしようとした。
達成は一層慌てて、楓の胸が露わにならないように忍者服を掴んで、胸を隠していく。
「やめろっ。帰国早々警察のお世話になりたくないぞ。恥を知ってくれ楓」
達成は諭すが、楓は意に介する様子はない。
「全く、いつまで経ってもウブなお芋ちゃんなんだから、山下クンは」
「誰が芋だっ。お前が恥知らずな痴女なだけだろう。一緒に居ると恥ずかしいから嫌なんだよ」
言い合いをはじめた2人に対して、何事かと周囲の通行人達が目をやっている。
「恥知らずとかじゃなくて、これぞ忍法お色気の術なんダヨ☆」
「どこがお色気の術だ。ただの下ネタじゃねーか。お下劣だよ、猥褻物陳列罪で失笑の種だよ、お前なんて」
達成は人差し指で楓のことを指しながら言った。
「愛の裏返しが尽きないねぇ~、アソコに血が昇っちゃった?」
プププと、楓が含み笑いをする。
「血が昇ったのはアタマにだよっ。言っとくが、お前と組んでるのはお前が凄腕だからで、愛情なんて1ミリもないからなぁ!」
「ハイハイ、そういうことにしときましょうねぇ~♪ 山下クンの立つ瀬がなくなっちゃうんでネ」
漫才のようなやり取りをしながら、2人は駐車場に到着し、レンタカーに乗り込んだ。
運転席が達成で、助手席が楓だ。
「これから何処に行くんダい?」
シートベルトを絞めながら楓が尋ねる。
「そうだな、とりあえず、久々の東京を少し見て回りたい。依頼が入るまでブラブラとしてみようか」
「いいよ。ワタシは山下クンの隣で、山下クンの香りを思いっきり満喫してるから。クンカクンカ、スーハースーハー、たまらんっ」
「気持ちわりぃ!」
そう言って達成は車を発進させた。
青空と白い雲の下、戦後の復興が始まりつつある東京の街並みを車は疾走していく。
2.新興宗教一二三の会
――東京都の中核にある皇居周辺。
戦争の傷跡の少ない皇居周辺にはいくつものテントやブルーシートが張られ、家や家族を失った避難民達が数多く生活していた。
そこではボランティアの人達が食事を配給しており、丁度お昼の食事の配給の時間に差しかかっているところであった。
とある親子――若い母と幼い娘が、ひもじそうな様子で配給の列に並んでいる。
親子は共にボロボロの薄汚れた服を着て、痩せこけていて、空腹のあまりかフラつきながら辛うじて立っているという状態だった。
と、娘が身体のバランスを崩し、コケそうになった。
「おっと。だいじょうぶナリか?」
気遣って、娘の身体を支える少女の姿が。
その少女は――天才くノ一楓凪子(かえでなぎこ)であった。
「あっ、はっ、だいじょうぶです。ありがとうございます」
「お気遣いありがとうございます……」
娘と母が礼を述べて、頭を下げる。
「いいとこあるじゃないか」
様子を見守っていた達成が珍しく楓を褒めた。
「フフフ、今だ! 忍法横入りの術」
そう言って楓は、列の途中に並んでいる母と娘の後ろに横入りした。
「やめとけ」
達成に窘められ忍者服の襟元を掴まれた楓が、かなしそうに遠のく行列に腕を伸ばす。
「ああ、タダ飯ゲットの夢が」
「まったく、感心して損した」
呆れて達成はやれやれと一つ溜息を吐いた。
予定もないし、この母娘のことが気がかりになった達成は、無事に母娘が配給の食事にありつけるかどうか見守ることにした。
ゆっくりと進んでいく配給の列に随行する形で、達成と楓は共に歩みを進めていく。
母娘はフラフラとしたままで、今にも倒れてしまいそうに見えた。きっと空腹状態の極限なのであろう。早くなんでもいいから食べさせてあげたい。飄々とした表情を浮かべつつも内心半ば無意識に達成はそのように気を揉んでいた。
列はゆっくりと進んでいき、そして母娘が先頭に立った。
ボランティアの配給の係の人間から、温かい豚汁と握り飯を受け取る。
そして、母娘は2人分の豚汁と握り飯を手に大樹の木陰へと向かっていく。
「大丈夫そうだな、行くか」
母娘の背中姿に目をやりながら、達成が車の方へ向かおうとする。
――と。
「おやおや、貴方がた親子ですね? 教団へのノルマを怠っているというのは」
握り飯に齧り付こうとした母娘に対して、そう声をかける背の高い男の姿があった。
男は白づくめの作務衣(さむえ)のような服を着ていて、顔付きは端正でサッパリした感じであった。が、どこかしら冷徹な印象も受ける。
「あっ、二見(ふたみ)様。このようなところに……」
母親が慌てて握り飯を置いて、二見と呼んだ男に深々と頭を下げる。
「困りますねぇ。在家の方々の献金活動によって教団の運営は賄われているというのに。ノルマを守らない人間が居れば組織全体の気風を損ねてしまいます」
そう言って二見は、冷たい眼(まなこ)で母娘を射据える。
「も、申し訳ございません。お金の方はなんとかこれから用立てようと思います」
狼狽しながら、母親は再び頭を下げる。
「なりません。貴方がた親子だけ特別扱いはできませんね。とりあえずです。そこにあるお握りと汁物をこちらに寄こしなさい。……そんなものでも少しは教団の足しにはなります」
「えっ、そんな」
怯えた目で、まだ幼い娘が抗議の気持ちを訴えかける。
「……」
それでも母親は無言で、自分の分と娘の分の握り飯と豚汁を二見に差し出した。
「フン」
二見は懐から取り出したお盆に2人分の食事を載せて、踵を返し、撤収しようとする。
「おい、待てよ」
様子を見守っていた達成が堪えられず、二見に声をかけた。
「誰でしょうかね? 貴方は?」
毅然とした態度で、二見は達成に相対した。
「通りすがりの者だ。それより、明らかに飢えて困窮している親子に対して配給された食事を取り上げるとはどういう了見だ? 俺の見立てでは、その親子はいつ意識を失ってもおかしくない。すぐに返してやれ」
達成は自分と同じくらいの丈姿の二見に対してそう強く言い放った。
「おやおや、貴方は正義感がお強いのですね」
達成の強い態度を軽く受け流し、興味深そうに微笑みを浮かべながら二見は応えた。
「舐めるなよ」
そう言って、達成は二見に対して戦闘態勢を取った。
「山下クン……そいつかなり強いよ」
これまでの身のこなしの観察から、二見の戦闘力の高さを見切った楓が心配そうに口を挟む。天才くノ一であるが故の慧眼(けいがん)であった。
「問題ない。2,3発で沈めてやる」
達成は拳を握りしめる。
清浄なる皇居周辺でにわかに戦闘がはじまるかに思われた。が。
「感心しませんね。自分が正しく、相手が間違っていると判断した。だからと言って、すぐに暴力に訴えかけるというのは」
冷静な態度で、二見は達成を諫めた。
「ほう。いいだろう。じゃあ、口で言い負かしてやる。……その親子は困窮している。だから、助けろ」
達成は臨戦態勢を解いて、言った。
「困っているから助けろと……博愛主義、人道主義に基づいた発言ですね。しかし、我々の教団の教義はそのようなものではあり得ません」
「教義、だと?」
達成は訝しむ。
「そうです。申し遅れました。私、それにそこの親子は共に一二三(ひふみ)の会という宗教団体の信者なのです。尤も私は教団幹部で、彼女たちは在家信者に過ぎませんが……。そして、私たちの教義のモットーは正しき人間と誤った人間の選別にあります。そこの親子のように誤った人間は、献金のノルマを果たしていくことで少しづつ人間性が浄化されていく。それが一二三の会の基本的な教えです」
白一色の宗教服を身にまとった二見は朗々と述べた。
「ほう、そうなのか。で、その献金のノルマが果たせない人間はどうなるってんだ?」
達成は普段の飄々とした態度に戻って、二見に尋ねた。
「生きる価値なしと見なされ、教主である神馬左鳥(じんばさとり)様の救いの手から外されます」
「命の選別をした上に、悪どく金を巻き上げるとは……典型的なカルト宗教だな」
達成は言質で二見を切って捨てた。
が、二見の平静な態度は崩れなかった。
「なんとでもご自由におっしゃりなさい。それでは私は暇ではありませんので失敬します」
握り飯と豚汁の乗ったお盆を手に二見は立ち去ろうとする。
「待て。ノルマの献金額というのはいくらだ? 俺が肩代わりしてやるから、その食事は返すんだ」
達成はなんとも気持ちのいい申し出をした。
「山下クン……」
楓が心配そうに呟く。
「御冗談を。誇り高い教団の威信に傷が付くようなお金を頂く訳にはいきません。……しかし、貴方は興味深い方だ。また、どこかでお会いしたらゆっくりとお話したいところです。それでは」
そう言って、二見は今度こそこの場から立ち去って行った。
「……」
達成が所在なく黙っている、と。
「お母さんっ! お母さんっ! だいじょうぶ!?」
母娘の娘の声が耳に飛び込んできた。
そちらを見やると、母親がぐったりとした様子で倒れている。どうやら空腹のあまり意識を失ったようだ。
「いかんっ、楓。忍法横入りの術だ」
「合点(がってん)」
達成が言うと、楓は返事一つで、まだ人が沢山並んでいる配給の行列の先頭に横入りした。
「おいっ! なにしてんだゴルァ!」
「ふざけんなっ! コノヤロウ!」
いくつか罵声を浴びるが、楓は意に介さず(忍法聞き流しの術)豚汁を手に入れて、すぐさま母娘の元に駆け付けた。
「ささっ、奥方殿、飲んでおくれでゴザル」
楓は母親の口にお椀を傾け、少しづつ流し込む。
が、ツツーっと口から豚汁が零れ落ちる。
「むむっ、仕方ないここは忍術口移しの術にて……」
そう言って、楓は豚汁を口に含み、母親の口内に流し込もうとする。
「待て楓」
それを制止する達成。なにやら様子がおかしいと、母親の胸に手を当てる。
「わわっ、だ、ダイタンだぞ山下クン」
思わず豚汁を吹きこぼしながら、楓は焦った。
「……やはりだ。心臓が停止している」
そう言って、今度は母親の閉じた瞼を指で開き、眼球に向かってスマートフォンのライトを照射する。
「瞳孔が収縮しない……。残念だがもう……」
首を振って達成はそれきり黙ってしまった。
「山下クン……嘘でしょ……」
信じられないといった様子で楓も母親の胸に手を当てるが、やはり心臓はもう鼓動していなかった。
「お母さん、死んじゃやだぁ! 死なないでぇ」
堪えられず泣きじゃくる娘が母親に抱きつく。
「死なないで、死なないで、死なないでぇ」
亡骸に抱きついて泣くことしかできない娘を達成と楓はただ見守ることしか出来なかった。
――3時間後。
救急の手により、母親の亡骸は病院に引き取られ、身寄りの無くなった娘は国の施設に預けられることになった。今は、そのための様々な事務手続きのための待ち時間となっている。
病院の応接室で娘は泣き疲れて眠っていて、その傍らには達成と楓が立っていた。
これまでずっと娘に付ききりで傍に居たのであった。
「もう大丈夫です。後はこの子のことは我々の手にお任せください」
施設の関係者がやってきて、達成にそう告げる。
「……お別れだな。すまないが、この子の名は?」
達成が関係者に尋ねる。
「ちょうど確認が終わったところですが、星乃聖子(ほしのせいこ)ちゃんと言います。7歳です」
「そうか。……聖子ちゃん、今回の件は俺達がキッチリと落とし前を付けてやるんで安心してくれ」
そう言って、眠っている聖子の頭を達成は優しく撫でた。
「山下クン……」
「行こう。もう夕方だ。適当なホテルにチェックインしよう」
そう言って、達成と楓は病院を後にして、車へと乗りこんでいった。
シートベルトを締めて、達成は車を走らせる。
釈然としない思いを募らせながら、達成は相棒に指示を出した。
「では、3年ぶりに掃除屋(スイーパー)業の復活といこうか。あの教団の名前、確か一二三(ひふみ)の会とか言ったな。楓、ちょっとスマホで調べてみてくれ」
「合点」
助手席に座っている楓は、素早くスマホを操作し始める。
車は都心……新宿区へ向かって走り、特に渋滞もなく順調に道路を進んでいく。
かつて世界有数の高層ビル群を誇った街並みはすっかり変貌し、あちこちに瓦礫の山や焼け野原が広がっている。まさに戦後の傷跡生々しいといった風景だ。
「色々わかったよ、山下クン」
楓がスマホの画面を見やりながら、達成に伝えた。
「口頭でいい。頼む」
達成が短く促す。
「オーケー。新興宗教一二三の会。まだ出来て15年くらいの新しい宗教団体だネ。教主の名は神馬左鳥(じんばさとり)で、推定40代の男性。新宿区〇丁目〇〇番地に本部である教団施設を有していて、ランドマークにもなっている5重の塔で日々世界平和の祈りを捧げているそうだヨ」
楓が一二三の会の概要を伝える。
「〇丁目だって? このすぐ近くじゃないか」
慌てて達成はカーナビを見やる。
「ちょっと見学してみることにするか」
達成は車を急転回させて、教団があるとされる施設に向かうことにした。
ギャリギャリとタイヤが唸りをあげる。
「あっ、ちょっと待つナリ」
「どうした?」
再びスマホを操作し始めた楓の様子を達成は伺う。
「ワタシ達ビリーブ・ハート宛てに仕事の依頼がきたナリよ。依頼内容は暗殺。……ターゲットの名は……一二三の会教主の神馬左鳥! うっわー、すっげぇご都合主義みたいでゴザル」
スマホをタップしながら、楓が驚く。
「フフ、丁度いいじゃないか、決まりだな。善は急げ、このままターゲットを始末してしまおう」
「うっへぇ~、今からナリか!? 準備とかしなくていいのカイ?」
「俺の最新鋭スペツナズナイフとお前の忍術があれば大丈夫だろ。ちなみに、依頼主の名は?」
「それが、内閣特務諜報機関……通称、内諜からの依頼ナリよ」
「内諜か……裏事情が気にかかるが、今は置いておこう。それじゃ、ビリーブ・ハートの復活がてらに一仕事といきますか」
そう言って、達成は車のアクセルを踏み込む。加速度の付いた車が一直線に伸びる道をグングンと進んでいき、近くにある教団施設へと接近していく。
「うへ~、ライブで歌って踊った後に、暗殺稼業とは……シンデレラも真っ青のドラスティックな展開ナリ」
「ぼやかないぼやかない。俺だって今日帰国したばかりだよ。だが、羽を伸ばしてゆっくりするよりはひと暴れする方が性に合っている。――いくぞ」
そう言って、教団の前に車を停止させた達成は、威風堂々とした態度で教団の正門の前に屹立した。
3.決戦の口火
宗教法人一二三の会、総本部。
東京ドーム10個分に及ぶ大きな敷地の中には一二三の会の様々な施設が立ち並んでいる。
敷地内には白い砂利が敷き詰められ、毎日綺麗に慣らされており、雑草などは一本も生えていない。大きな正門を潜り抜けると、教主である神馬左鳥の大きな銅像があり、噴水などが設えてある。近くには大きな食堂があり、外部の人間でも利用できるようになっていて、意外と食べログの評価なども高く、一般の人気も高い。そこから少し離れたところに礼拝堂。出家信者用の宿泊施設。信者から献上された国宝レベルの品々が展示されている展示場などがある。
そして、敷地の中核にはランドマークにもなっている木造の5重の塔があり、その5重の塔の最上階にターゲットである神馬左鳥が鎮座しているとされている。
5重の塔の1階には、50名ほど出家信者達が詰めており、皆が白装束に身を包み、霊験灼(れいけんあらた)かな教団幹部達の指導の元、日夜修行に明け暮れている。
「うう、き、きつい……」
座禅を組み精神集中している出家信者の1人が弱音をあげる。
「黙りなさい。黙って耐えるのです。どんなに辛くとも耐えれば耐えるほど貴方の霊質は向上します。それが神馬様の教えなのです。耐えなさい」
「は、はいっ」
修行場を監督している教団の幹部が、弱音をあげた出家信者を諭し、信者はそれを受け入れた。欲念に汚れた己の霊質を少しでも高めていくために真剣なのであった。
「……ぅぅ」
「………ぁぁ」
「……っつ」
あちこちで出家信者達が苦悶の表情を浮かべ、唸り声が零れ落ちている。
修行場の監督者はそれを満足そうに眺め、さぁ励みなさいと一層の修行、精進に努めよと促す。
「たっ、大変ですっ!」
と、そこに外から飛び込んできた1人の信者の姿が。
「どうしましたっ!? 騒がしいっ、神聖なる修行の最中なのですよっ」
怒りの感情で監督者が飛び込んできた信者を見やる。
「そ、それがっ――外部から危険人物が2名侵入してきましたっ」
「ほう、どんな?」
危険人物と耳にして、監督者は一転して興味深そうに尋ねた。
「1人は30代くらいの男で、中肉中背、ジャケットにジーンズ姿。もう1人は10代後半くらいの小柄な少女で、紫色の忍者服を着ています」
「ふむふむ、で、ちゃんと挨拶はしたのですか?」
「勿論です」
「よろしい。暖かい心は挨拶から。教主様からのありがたい教えです。どんな無法者であれ、挨拶をすれば少しは心が打ち解けていくものです。で、挨拶の返事はあったのですか?」
「ありました。が……」
「ちゃんと挨拶を返したのですか? その者達は?」
「い、いえ、幹部の方のお耳に入れていいような言葉では……」
「ん? 構いません遠慮なく言ってみなさい」
逡巡(しゅんじゅん)してモゴモゴしている信者に対して、監督者は微かに苛立ちを覚えつつ言った。
それを気取ったのか、信者はこれ以上隠すのは得策ではないと判断し、聞いたままを伝えることにした。
「それが男の方には『このカルト野郎。その臭い口を塞げ』と言われました」
ピキピキと怒りのあまり監督者のこめかみの血管が膨張して浮き出てくる。
「少女の方には『便所の壁に向かって言ってろ。ワタシは知っているネ。犬のクソがお前らの好物ナリよ」と言われました……」
ピキピキピキ、と一層血管を怒張させ、監督者はイキリ立った。
「なんという愚かな……許しがたい………」
込み上げてくる怒りをなんとか抑えながら、監督者は精一杯自重してそう口にした。
「勿論、即刻追い出したのでしょうね?」
監督者はこんな連中にこの聖浄なる地を汚されたことに憤りつつも、尋ねる。
「そ、それが……大変申し上げにくいのですが……」
信者が再びモゴモゴとしている。
――と。
「おう、ここかぁ? 5重の塔っていうのは? 随分とショボいところだな」
「天才くノ一楓ちゃん見参ナリよ♪」
件(くだん)の2人が5重の塔に侵入してきた。
これには、監督者の教団幹部のみならず、修行中の出家信者達も一斉に色めき立つ。
「お黙りなさいっ! 貴方方は引き続き修行に専念なさい。この者達には私が応対します」
監督者は出家信者達を一喝する。そして、達成と楓の方へと向き直った。
「お初にお目にかかります。私の名は三又(みつまた)。一二三の会の幹部を務めております。俗称は毒蛇の三又、以後お見知りおきを」
恭しく監督者こと三又は、達成と楓に頭を垂れた。
「なんだ、中間管理職のオヤジか……お前みたいなのに用はない。神馬とかいうこの教団で1番偉い奴に用がある。神馬を出せ」
おためごかしの慇懃無礼さを嫌う達成が、端的に用件を伝える。
「……どういったご用向きで?」
「――本当は守秘義務があるんだが、特別に教えてやる。暗殺依頼が来てな。殺しにきてやった」
達成は包み隠さず本当のことを教えた。
「フフ、フフフフフ、フハハハハハハハハッ」
何故かそれを聞いた三又は高笑いし始めた。
「私、貴方方2人を目の当たりにして瞬時に気付きましたよ。――常人ではない、ということにね。能力者に違いありません。そして、何を隠そう私も能力者。恐れ多くも神馬様を殺しに来たと? いいでしょう、見え見えの安い挑発に乗って売られた喧嘩を買いましょうぞ。……2人まとめて念入りにブチ殺してくれるわっ! 付いてこいっ」
そう言って三又は階段を登り5重の塔の2階へと向かっていった。
そこで相手をしてやるということらしい。
「どうする山下クンッ、あいつ強いよ」
「構わんさ。2,3発で沈めてやる」
「……そればっかりダ」
そして、達成と楓は共に頷いて、三又の後を追って階段を登って行った。
4.毒蛇の三又
字(あざな)を毒蛇の三又。
その名の通り毒蛇のごとく執着心の強い、しぶといことで夙(つと)に有名な中年の男だ。
身体は大柄で達成よりも一回り大きいといった次第。
今、三又と達成、楓のコンビが5重の塔2階の板張りの大広間にて対峙している。
「さて、ご両人。教団の頂点におわす神馬様の命を狙うとなれば、私としては看過する訳にはいきません。命懸けにて阻害する所存。……いざ、尋常に勝負なさいっ」
威勢よく勝負と言って、三又は戦闘態勢に入る。
ついに決戦が始まった。
――と。
「風遁! 隼(はやぶさ)の爪」
いうや否や、文字通り目にも止まらぬ早業で投げる手裏剣がストライクし、三又の眉間に深々と刺さった手裏剣が血飛沫に濡れる。
「んなっ、ば、バカな、まったく見えなかった……」
「どうダ。これが天才くノ一のスゴ腕だヨ」
そう言って、手裏剣を投げた楓がエッヘンと腕を曲げ、力こぶをつくって勝ち誇る。
「信じられん。信者百数十万人中にて教団3傑が1人と恐れられた私がこんなにあっさりと……神馬様ッ……」
カッと目を見開き、自分の身に起こったことが信じられないといったまま毒蛇の三又は絶命した。
彼が弱かったのではない。
天才くノ一として有名な楓凪子(かえでなぎこ)がひたすらにブッチギリで強過ぎたのである。
三又は目を見開いたままで、その巨躯が板床へと崩れ落ちていく。
「文字通り口ほどにもなかったな。……俺の活躍の出番がぁ……」
あまりにあっさりと終わってしまった戦闘を達成が惜しむ。
「だいじょうぶ。この様子だと上の階にもっと強敵が居る筈だから。伝統的な少年マンガの手法だネ、プププ」
愉快そうに失笑しながら、楓は達成を景気付ける。
そして2人は、三又の死骸を横切り、3階へと向かうため階段を登っていった。
5.獅子の二見
「おやおや、三又ほどの男がたかがネズミ2匹を取り逃してしまうとは……にわかには信じられませんね」
3階。そう言って達成と楓の前に立ち塞がったのは、今日の昼間に皇居周辺で出会った二見であった。
「よう。先ほどは世話になったな」
白装束を締め直し、臨戦態勢を整えている二見に対して、達成は言葉をかけた。
「ああ、何処かで見覚えがあるかと思ったら、配給所に居たお2人でしたか。これは失礼しました。改めて自己紹介を。教団3傑が1人にして、獅子の二見と申します」
そして、二見は恭しく洗練された動作で礼をした。
「礼儀をわきまえている割には、こんなカルト教団で悪さをしているんだな。俺にはそれがどうしてか不思議なんだ。よかったら事情を教えてくれ」
「山下クン。そんな悠長ナ……」
事情を教えてくれという達成を楓が窘める。
「いいんだ。なんとなくだが、こいつは殺したくない。話せば通じ合うかも知れん」
楓が勝手に戦闘開始しないように手で制しながら達成が言った。
「フフ、いいでしょう。では、一二三の会の基本的な理念をお教えしましょう。それは……人間の選別にあります」
「選別? 時代錯誤の優生思想にでも毒されているのか」
気に食わない、といった調子で達成は食ってかかる。
「フフ、昼間にもお話しましたが、教主の神馬様は生きる価値のある人間と生きる価値のない人間と2種類の人間が存在するとお考えです。生きる価値のある人間の力を伸ばし、生きる価値のない人間は、価値ある人間に奉仕する。……それこそがこの欲念にまみれた世界に平和を齎(もたら)し、人類の結合を可能とする唯一無二の方法なのです」
二見は一二三の会の理念を伝えた。
「命の選別をするというのか、同じ人間同士、そんなことは許されん」
「おやおや、殺し屋として名高い山下達成(やましたたつなり)ともあろうお方が、そんな青臭く、甘っちょろい思想をお持ちであるとは、これは驚きました」
大げさに両手を開いて、二見が呆れる。
「こちらの所属がバレたようだな……」
天井にぶら下がっている監視カメラを見やりながら、達成は言った。
「良いことを1つお教えしましょう。一二三の会の審査による生きる価値があるかないかの判断について、貴方方お2人は生きる価値がある側と判断されています。だからこそこうして対等以上の扱いをしてお話をしています。おめでとう、と言わせてください」
そして、二見はパチパチパチと拍手をし始めた。
「なにが、おめでとうだ。――カルト教義と決別して、改心する気はないのか?」
達成が詰め寄る。
「改心? 改まるべきは貴方方、というより世俗の世の中の人々の方こそですよ。過てる想念、混迷する地上を浄化することこそ一二三の会の存在理由なのですから」
「そうかい。もういい。お前達のカルト脳は死ななきゃ治らないらしいな。話し合いは終わりだ。後は、やり合って決着を付けようぜ」
そう言って、達成は刃渡り20cm程の最新鋭のスペツナズナイフを取り出し、右手で握りしめた。
「三下の浄化を阻害するなら、容赦なく排除します。お命頂戴」
二見も構えて、能力を発動する姿勢を整える。
両者は短期決戦を見据えている。おそらく勝負は一瞬で着く。
「近接格闘術(クラヴ・マガ)」
スススっと氷上を滑るような不思議な動きで達成は二見との間合いを一気に詰めていく。
スペツナズナイフで喉元を掻っ切る算段だ。
「救済の終焉の炎――狂え牛達よっ、超絶爆炎弾(ゲルニカ)!」
唱えると、二見の手の先から、紅蓮に燃える火球がいくつも飛び出てきた。
火球はロケットのようにどんどんと速度を増していきながら、達成の目前へと迫る。
「ソードエンチャント・水(ウォーター)」
達成がそう唱えると、スペツナズナイフの刃先に水属性の闘気が付与される。
――俗にいう属性剣、魔法剣の類の技であった。
水属性と火属性を使える達成と、風属性と土属性を使える楓とのコンビネーションによって、達成は4属性全ての属性剣を使えるのである。
火と水は対消滅する。
達成が、水属性となったスペツナズナイフを振るうと、衝突した火球は全て砕け、消え失せてしまった。
「近接格闘術(クラヴ・マガ)。ギアⅣ」
そう言って達成は加速度をグンと増して、一気に二見の喉元を切り裂き、すかさず返す刃で心臓を突いた。ブシュっという音と共に二見の胸部から鮮血が飛び跳ねてくる。
二見は、残す言葉の一つもなく、即座に絶命した。
ドスン、と二見の身体が床板に倒れる。
「これまた呆気なかったな。どうだ言った通りに2,3発で沈めてやったぜ」
シュっとスペツナズナイフを払って、付着していた血糊を達成は落とした。
「ププ、リミッター一杯のギアⅣまで使った癖に余裕ぶるんだネ」
「うるせー。獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすというやつだ。プロは仕事に手ぇ抜かねーんだよ」
「はいはい、言い訳上手にできてよかったネ」
「なにおぅ!」
などと、緊張感のないやり取りをしながら、2人は4階へと向かった。
6.天秤の一空
「アハハハハッ!! アタシはねぇ! 教団3傑の中でも最強のぉ! その名も天秤の一空よっ!」
女ではない。オネェ言葉を使う男である。
「三又ちゃんとぉ! 二見ちゃんをぉ! 倒したからって努々(ゆめゆめ)油断しないことねぇ! さぁ、気を引き締めてぇ、全力でアゴの割れ目にビンビンくる戦いをしましょ! ビンビンよぉ! ビンビ……」
「近接格闘術(クラヴ・マガ)。ギアⅣ」
「風遁! 隼の爪」
一空がなにかを言い切る前に達成と楓は同時に攻撃を仕掛けた。
抜群のコンビネーション攻撃。
効果はばつぐんだ。
一空は一撃で倒れた。
「ふう、面倒臭そうな奴なんでサクっとやれてよかった」
「キャラは濃かったけど、往生際はよかったでゴザル」
2人は適当に感想を述べて、さっさと最上階の5階へと向かっていく。
7.教主・神馬左鳥
「せっかくだから、どっちがターゲットを始末するかジャンケンで決めるか」
まるで洗い物をどちらがするかと言うが如くに、のほほんとした雰囲気で達成が言う。
「もう手裏剣の在庫がないんで、達成にお任せするナリよ」
楽勝ムードの漂う中、楓も肩の力を抜いて随分とリラックスした様子だ。
果たして、そのまま階段を登り、教主である神馬左鳥と対峙した。
途端に空気は一変し、2人は極限レベルまでピリつく。
その男は禿頭(とくとう)で、白髪交じりの髭を蓄えていた。
金と銀の刺繡の入った白装束を着込み、体躯は骨太で身長は180cmを超えている。
首には数珠をぶら下げているが、あまりの闘気(オーラ)でその数珠はふわふわと宙に浮いている。
「山下クン、にわかには信じられないけど、あのハゲちゃびんの強さの底が見えない。……つまり、取るに足らない雑魚か、こちらが遥か及ばない程の格上の実力者か……これまでのこれまでの経緯を踏まえると……」
「俺達より遥か格上ということか……確かに信じられんな、そんな奴が実在するなんて……」
受け入れがたい事実に、戦うべきかどうか2人が逡巡していると。
「なにをゴチャゴチャと言っておるのだ? 暗殺依頼を受けているのだろう? 四の五の言わずかかってくるがいい」
地に響くような重低音の声で、神馬は2人に戦闘開始を促す。
「舐めるなよっ! こちとら任務達成率100%を誇る掃除屋(スイーパー)、2人揃ってビリーブ・ハートだっ」
緊張のあまり冷汗が噴出してくるのを払うように威勢よく達成は宣言した。
「よく知っておるよ。お前達のことは。自ら世界で最も凄惨な戦地に赴き、女子供を守るために戦争犯罪者を狩る心優しき死神こと、山下達成(やましたたつなり)。天才くノ一の名声を欲しいままにし、長い忍者の歴史の中でも随一の実力を誇るとされる楓凪子(かえでなぎこ)。……2人のことはよく存じておるとも」
神馬は達成とは対照的に落ち着いた様子で朗々と語った。
「しょうがねぇや! どうせ俺達には戦う以外に能はない。リミッター外していくぞ。いいな、楓!」
「――合点(がってん)」
腹をくくった達成と楓は戦闘を開始した。
「精神集中(コンセントレーション)最大(マキシマム)。近接格闘術(クラヴ・マガ)。ギアⅤ!」
「風遁! 奥義! エア手裏剣・螺旋風魔(らせんふうま)!」
先程、天秤の一空を倒したときと同系統のコンビネーション。
いや、それよりも格段に速い速度で達成のスペツナズナイフと楓の空気圧により形成された見えない手裏剣が唸りをあげながら神馬に襲い掛かる。
――が。
キィィイイイイイイイン!!
甲高い音が2連続で室内に響き渡る。
なんと、神馬は達成のスペツナズナイフを素手……それも人差し指一本で受け止めていた。
エア手裏剣においては、神馬の身体から発する闘気(オーラ)によって半ば自動的に弾かれてしまっていた。
「んなっ!?」
「信じられンゴ」
そのあまりにも人間離れした所業に達成も楓も度肝を抜かれる。
慌てて距離を取る2人に対して、満を持して神馬が技を放つ。
「ぬるいわっ! 燃え尽きよっ! 梅炎虎(ばいえんこ)ッ!!」
神馬の手先から、パッと梅の花々が飛び散り、その花吹雪の中を切り裂くように青い炎を身にまとった虎の化身が飛び出てくる。
「なっ、青だとっ!? いかんっ。ソードエンチャント・水(ウォーター)!」
慌てて、達成は青い炎を水属性で相殺しようとするが、その水より火の勢いの方が強い。
水は蒸発してしまい、消すことができなかった炎の虎が達成の身を包む。
「ぐあああああああああああああああああっ!!!!」
思わず、叫び声をあげる達成。
「山下クンッ! 風遁! 迅雷が崩し!」
迅雷が崩し、その名の通り稲光すら超えるような超高速の風の弾丸が達成に当たり、風圧により見事炎を消し飛ばした。が、同時に、その勢いで達成は吹っ飛び壁に強かに身体を打ち付けた。
「ぐっ、か、楓。殺す気か……」
「やんなきゃ燃え死んでたよ、喋れるなら大丈夫、山下クン」
乱れる呼吸を整えながら、ヨロヨロと達成はなんとか立ち上がる。
が、しかし、ぐわんぐわんと眩暈がして、吐血をして……再び、倒れてしまった。
「山下クンッ!」
楓が悲痛な叫び声をあげる。
「フハハハハ、とんだ肩透かしだな? 不敗神話を誇り、死神と恐れられた山下達成がまさかこの程度の実力だったとは。笑止千万。真打にはほど遠い――露払い程度が分相応よ」
「……うっ………ぐ」
地を這い、満身創痍で立ち上がることすら出来ず呻く達成に、勝利を確信した神馬左鳥が重厚感のある低音の声質で挑発的に侮蔑の言を浴びせる。
「山下クン! お願い! 立って!」
左鳥からの目線で牽制を受け、動けないでいる楓凪子が声を張って達成の覚醒を促す。
……しかし、達成の意識は戻らなかった。
「詰み(チェックメイト)よ。せめてもの情けだ。最後は楽に逝かせてやろう。弱き者は消えゆく運命(さだめ)……吠えよっ、終焉の紅蓮――梅炎虎(ばいえんこ)ッ!!」
そう発した神馬の手先から、パッと梅の花々が飛び散り、その花吹雪の中を切り裂くように青い炎を身にまとった虎の化身が飛び出てきた。
炎の猛虎は達成を飲み込もうかという勢いで、迅速に達成との距離を詰めていく。
その摂氏12000°にも達する青い業火は、人体など一瞬の内に消し炭にしてしまう。
もうダメだ。達成の命は蒸発するように消えて終わる。と、明らかに誰の目にもそう思われた。
「山下クーーンッ!!」
「フハハハハハッ」
楓凪子の悲痛な叫びと神馬の嘲笑とが、朦朧(もうろう)とする達成の頭上で交錯した。
………。
「風遁! 位置代わりの術!」
楓が言うと、炎の虎が迫る達成と、楓の位置が入れ代わった。
つまり、楓の身体に炎の虎が迫っていく。
「馬鹿め。身代わりになって死ぬ気か?」
神馬が見下し侮蔑するが、何故か楓はニヤリと笑った。
「土遁! 口寄せの術! 激・裏コード! 虚無の護り手(エンド・ゴーレム)!」
楓がそう言うと、何もない空間から突如として、巨大な土くれの巨人が現れた。
そして、その土くれの巨人は、青い炎の虎と衝突し、ゴオオォッと音を立てて共に崩れ去った。
「あは♪ 胆力が切れちゃった。山下クン……後はなんとかしてネ」
そう言って、楓は懐から何か小粒のモノを取り出し、それを口に放り込むと、精魂尽き果てて、どっと倒れた。
「フハハハハハハ、他愛もない。もはや梅炎虎を使うまでもない。この手で叩き殺してくれるわ」
「……グ、しょうがない。向こう一週間は筋肉痛で苦しむんで使いたくなかったが……。奥の手を出すか……」
神馬の嘲笑でようやく目が覚めた達成は、奥の手としてのアレを繰り出すことを決めた。
「フハハハハ、奥の手だと? 笑わせおるわ。力の差は一目瞭然。無駄な抵抗はやめて大人しく観念せい」
と言って、グングンと歩み、神馬は間合いを詰めていく。
「近接格闘術(クラヴ・マガ)。ギア………ⅩⅦ(セブンティーン)!」
発言すると同時に、達成の身体が赤く激しい闘気(オーラ)に包まれる。
達成が窮地に立った時だけ発動させる。火属性の闘気(オーラ)が今目覚めたのだ。
「いかんっ。この闘気(オーラ)。尋常ではないっ……梅炎虎(ばいえんこ)!」
異常を察知した神馬が必殺の青い炎の虎を放つ。
「エンチャント・火(ファイア)!」
スペツナズナイフに付与するとナイフが溶けてしまうので、達成は己の右腕に火の属性を宿した。
「ファイア・パンチ!」
超威力・超高熱のパンチが、神馬の放った炎の虎をいとも容易く薙ぎ払う。
「なっ、馬鹿なっ!?」
驚く神馬。達成のファイア・パンチはそのままの勢いで、神馬の鳩尾(みぞおち)に深々とめり込んだ。
「ぐっ、ふっ」
そして、勢いよく吹っ飛んでいく神馬。その身体が壁に凄まじい勢いで衝突する。
衝撃のあまり壁は円形上に窪み、無数のひび割れが走った。
「がっはっ!」
しばらく息ができなくなり、やっとのこと呼吸を取り戻す神馬。その表情は狼狽し、無数の汗が浮き出ている。
「ゆ、許さんぞ。貴様。この神より預かりし神聖なる身体に傷を付けるなど……。絶対に許さん。殺す。殺す。殺してやるぅうううううううううううううっ!!!」
怒り狂った神馬の身体から一層の強い闘気(オーラ)が溢れ出てくる。
そして、それはどんどんと巨大化していく。
「なっ!? どういうことだ? まさか今まで本気を出していなかったというのか……」
達成は素朴な疑問を口にする。
「フハハハハハ、違うわ。搾り取っておるのよ。……冥土の土産に教えてやろう。この5重の塔はな、1階に居る信者達から生命力を吸い上げる舞台装置なのよ。修行の体(てい)でエネルギーを吸い上げ、それを我が物にしているのだ。そして、今は最大限にエネルギーを吸い上げ、1階におる信者達は既に死に体よ。どうだ? 50人分もの命を吸い上げたワシに勝てるかな……フーハッハッハッハッハ」
「なんだとっ!? 通りで1階に居た信者達は皆苦しそうだった訳か……」
「フハハハハハハハ、死ね」
――場面は変わって、5重の塔1階。
「だ、誰か助けて……し、死ぬ……」
「神馬様ぁ。お助けを……」
「……お母さん………」
次々と断末の言を述べて、1階に居て律儀に修行を続けていた信者達は絶命していった。 ……真実を知ることもなくに。
――場面は戻って、塔の5階。
「神馬! お前は自分の信者達の命をなんだと思っているんだ? 皆、お前を慕って集まってきているんだろう!?」
「フハハ、くだらん。ゴミ同然の命がこの尊いワシのお役に立てて、そのことこそが非常に有難いわ。死ぬことでしか役に立たぬ命、ここに在り、だ」
「なにを言っているんだ貴様はっ!?」
「うるさいっ!」
そう言って神馬は上空に飛び上がったかと思うと、猛烈なる速度で達成に向かって落下してきた。
巨躯を生かして、体当たりで達成に衝突してくる。
達成は身が砕けそうな衝撃を感じながら床板へとぶつかり、床板はもろくも砕け散り5階は崩壊。神馬と達成は共に4階へと落下していく。
「ぐっ、ふっ、強過ぎる……」
やっとの思いで達成は呟く。楓のことが気になるが、今は確認する余裕がない。例え気を失っていても彼女は天才だ。きっとなんとかしてくれていると信じた。
「お前だって気付いている筈だ。山下達成! 正しいのはこちらの側だと! 優勝劣敗、弱肉強食こそ神が与えたもうたこの世界の真理! 死すべきを生かせば、世界は腐り落ちるッ。我々のような選民による浄化! 粛清こそが必要不可欠なのだっ!」
そう言って、再び神馬は上昇し、更に猛烈なる速度で達成に向かって落下する。
そして――激突。
一層強かに、達成は打ち据えられ、冷たい床板をブチ抜く道具にされる。
ドゴォオオオオオオ。凄まじい音を立てて、達成と神馬は3階に到達する。
「お前は知っている。知っている筈だ。理屈ではわからぬまでも、その魂に刻まれている。――なのに何故に弱き者、死すべき者達に肩入れをするっ!? お前のやっている理不尽でどれだけ世の中が混迷しているか分かっているのかっ!? 喝!」
「……ぅう」
瀕死で意識朦朧としている達成に、神馬は更に追い打ちをかける。
ドゴォオオオオオオ。一層凄まじい音を立てて、2人は2階に到着していく。
ふと見れば、傍らには三又の死体が横たわっている。
(楓は大丈夫だろうか?)
もう多分、自分は助からないだろうと半ば観念しつつ達成は心の中で思った。
「天穹は常に移ろい、白雲の狭間よりご来光を表す。清浄なる光により、この末法の混迷に喘ぐ世を救済するのだ。――その一念により団結した正しき者たちが舵取りする組織こそ我々、一二三の会に他ならぬ。その邪魔立てをする悪よ、お主は……死ね、死ねっ! 死んで償えーっ!」
そして、上空より激突。
達成は血の泡を吹きながら、1階へと落下していく。
そこには50名あまりの白装束の信者達の死体があった。
(ぅ……俺もこのまま死ぬのか? ……楓)
「どうした? ここまで言われてまだ迷っているのか? お前は過てる想念の産物。人類悪なのだっ! その存在の大罪! 死をもって償え……とどめだっ!」
とどめとばかりに上空より痛恨の一撃が神馬より放たれる。
達成の身体はひしゃげ、くしゃくしゃになりながら地面へ、大地へと打ち据えられ、そのままその大地は割れて、地下へと落下してく。
……そう、5重の塔の下には人知れずに大きな地下空洞があったのだ。
ジメジメとして、苔むした、その明かり一つない地下空洞に達成と神馬は崩壊した5重の塔ごと落下していった……。
(ぅぅ……こ、ここは……!?)
辛うじて生きている達成が周囲を見回す。
と、地下空洞の天井が割れていて、そこからわずかに夕方の光が差し込んできている。
そして、その光に照らされてあるものたちが見えてきた。
それは……。
(これは、骸骨(がいこつ)!? それも無数にある。100や200じゃ利かない。数千個はあるぞ……)
「こ、これは……」
やっとの思いでなんとか力を振り絞り、達成は口をひらく。
「ほう……。まだ命があったか。忌々しいが、これは驚いた。賞賛に値する。……そうよ、ここにある骸は全てワシが命を吸い取った後の出汁がらよ」
自慢気に神馬が誇る。
「こ、こんな大量殺人を……許される筈がな……い………」
力なく攻める達成を神馬が笑った。
「許しておるわ。――人が許さずとも神がな。神は命の選別がお好きだ。お前も数多の戦地で見てきただろう。無垢なる命が無残にも力によって奪われていく様子を。100万人殺せば稀代の英雄。……それが世界の真実だ。違うか?」
「ちが……ぅ」
そして、達成は気を失った。
生死を彷徨う最中に、5年前のことが走馬灯のように脳裏に蘇ってくる。
――それはなんでもない昼下がり、秋葉原のカフェで楓と他愛のない会話をしている時のことだった……。
「ねぇ、山下クン。なんでワタシが山下クンのこと尊敬してるか知ってるカイ?」
「知らん。どうでもいい」
飲みかけのアイスコーヒーを行儀悪くブクブクさせながら、達成は応える。
「フーン、まぁいいや。それはネ、達成クンが『黄金の精神』を持ってるからなんだヨ♪」
「黄金の精神? なんじゃそりゃ」
興味なさそうに投げやりな様子で達成は尋ねた。
「フフフ、特別に教えてしんぜよう。いいカイ。黄金の精神っていうのはネ……どんな酷い目にあっても、どんな辛い目にあっても、どんなにどんなに打ちのめされても、もう絶対に駄目だって心が折れても……それでも、それでも必ず復活して、絶体絶命の窮地から逆転するとってもスゴい心の持ち主のことなんだヨ。達成クンは産れつきそれを持っている。ワタシは天才だけど、それを持ってない。……だから、大好きだし、尊敬してるのサ……って、話の途中に寝るナーッ!」
達成はグーグーとうたた寝している。その寝ている様子が、今現在の意識を失っている達成と重なった。
不意に自意識が戻ってくる。
(黄金の精神……か)
(よくはわからんが……)
(俺は……)
(負けない!)
勝ち目などないに等しいのに、不思議と何処からか勇気が湧いてくる。
その勇気に、無数の声なき声、無残にも砕け散っていった命たちが呼応する。
――希望。その欠片たちが集まってきて達成に力を与える。
ドクンドクン。心臓の音が高鳴り。
――達成は覚醒(めざめ)た。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
咆哮。と、共に漲(みなぎ)る力が爆発的に高まっていく。
今までの身体の激痛が嘘のように消え失せ、身体中の筋肉は張り詰め、未曽有のレベルの闘気(オーラ)が噴出してくる。
「なっ、なんだっ!? 一体なにが起きている?」
訳がわからないといった様子で神馬が狼狽する。
――その一瞬の隙を突き、達成が一撃を叩き込む。
「ぐっ、うおっ」
達成の拳は目にも止まらぬ速度で神馬の鳩尾にめり込み、神馬は上空へと吹っ飛ばされていく。
「おおおおおおおっ」
神馬の身体は崩壊した5重の塔の元あったてっぺんの高さよりも高く舞い上がりそして、重力にひかれて自由落下していく。
「勝負だっ! 神馬左鳥(じんばさとり)ッ!」
達成が叫ぶ。
「ぐっ、クソ……」
身体の自由が利かず、神馬は焦っている。
「エンチャント・火(ファイア)・そして、水(ウォーター)」
何を思ったか、相殺し合う筈の火属性と水属性を達成は同時に己の身体に付与した。
「フハッ、トチ狂ったか? よかろう。我らの戦いの幕引き、この一撃に全てを賭けよう。全身全霊のぉおおおおおお! 梅炎虎(ばいえんこ)だあっ」
未曽有の大きさの青い炎の虎。梅炎虎が飛び出して、落下してくる。
会心の出来。神馬は勝利を確信した。
「楓! 起きてるんだろうっ!? アレをやるぞっ、連携術(コラボアーツ)だっ」
そう言って、達成は楓に呼びかける。と。
ひょっこりと瓦礫の隙間から楓が飛び出してきた。
「ふぅ、やっとのことさっき飲んだ蘇生丹が効いてきたよ。いくよっ。エンチャント・土(アース)・アンド・風(ウィンドー)」
楓は達成の身体に土と風の属性を付与する。
そして、火、土、風、水の4大属性を全て身に宿した達成。
その達成の身体がまばゆく光りはじめる。
「いくぞっ」
達成は、大地を蹴り力強く上昇していった。
*°. *:.。☆..。*°. *:.。☆..。*°. *:.。☆..。
『愛(I)のある限り』
作詞・作曲・編曲 南風るんるん
悪魔に背を向けると誓った日から
キラキラ輝く星を目指した
黄金(きん)の風吹く街は
夜ごと悲しみに包まれるけど
渚のステージには月明りが
そして夜空にはワタシがいるからね
生きる意味ぜったい消さないために
燃える情熱はただ愛(I)のために
時に流れる白い雲のような優しさで
燃える情熱はただ愛(I)のために
そしてキミの心に
Fall in love
いつも見つめてる
Fall in love
*°. *:.。☆..。*°. *:.。☆..。*°. *:.。☆..。
神馬の会心の梅炎虎と4大属性すべてを宿し、光の玉となった達成とが衝突する。
――と、なんと達成の身体は梅炎虎を吸収してしまった。
音もなく梅炎虎は消え去ってしまう。
「んなっ!? いったいどういう、これは――極光!?」
神馬の分析が終わらない内に達成の身体が神馬の身体に接触する。
「ぐはっ」
神馬は再び激しく上空へと吹き飛んでいく。
そして、聖浄なる達成の宿す光が、神馬の黒い心を浄化していく。
達成たち、ビリーブ・ハートの完全勝利だ。
ズドンッと着地した達成に対して、楓が駆け寄ってくる。
「やったネ。山下クン!」
「ああ」
2人は手を取り合って見つめ合い、勝利の喜びを分かち合った。
……と、ズドンッとだいぶ時間を置いて神馬左鳥の身体が地面へと落下した音が聞こえてきた。
おもむろに達成は神馬の元へと歩み寄る。
「………」
神馬は無言だったが、まだ息があるのが確認できた。
「どうだ気分は?」
「――殺せ」
「依頼内容は暗殺だからな。指図されずとも殺してやるさ……」
そう言って達成はスペツナズナイフを取り出す。
……と。
――ピピーッ!!
警笛の音が高らかに鳴り響いてきた。
そちらを見やると、1人の濃紺のスーツに身を包んだ女性が、沢山の警察隊を先導してやってきているのが見えた。
「さ、冴子(さえこ)ぉーっ!? なんでお前がっ」
達成が驚いて冴子と呼んだ濃紺のスーツ姿の女性が、達成たちの元へとやってくる。
「ストップ。ストップ。はい、そこまで」
そう言って、冴子は達成と神馬の間に割って入る。
そして、一枚の用紙を取り出し、そこに書かれている訴状を読み上げた。
「破壊活動防止法、通称、破防法の適用により、宗教団体一二三の会の教祖および信者の全てを逮捕します。わかりましたね?」
訴状を神馬に見せながら、冴子はニコリと微笑む。
同時に、控えていた警官達が神馬の身柄を確保する。
達成が周囲をみやると、信者たちの全てを警官達が逮捕している様子が伺えた。
「おい、ちょっと待てよ冴子。破防法って一体どういう……」
「あら、山下君。お久しぶり。聞いての通り、1995年のオウム真理教以来の破防法の適用になったの。ずっと内偵を進めてたのだけど、今回の騒ぎが決定打になってくれて、法務省が重い腰をあげてくれたわ。ありがとう」
冴子は達成に礼を言って再びニコリと微笑んだ。
「ちょっと待てよ。暗殺依頼が内諜からでていて……」
「もちろん知ってるわよ。だって、その依頼出したの私だもの」
「へッ!?」
素っ頓狂な声をだして、達成は驚く。
「やれやれでゴザル、これはまた氷室冴子(ひむろさえこ)に担がれてしまったようだネ、山下クン」
楓はそう言って腕組みし、目をつむりながら深く頷いた。
「お前ひょっとして、内諜の組織を騙ったのかぁっ!? たかが警視庁の警部の分際で!? そんなのアリかよぉ」
「だって、私の名前出しちゃうと、山下君達は警戒しちゃうじゃない? 上にはちゃんと許可を貰ってるから大丈夫よ。ちなみに暗殺は出来なかったんで報酬の方はナシってことで♪」
「卑怯だぞっ! またお前の掌の上で泳がされてたってことか……く、くやしいっ。それに、身体中がめちゃくちゃ痛くなってきた……チクショウ、骨折り損だ完全に」
悔しさと痛みのあまり達成は涙が出てきた。
「安心してヨ。山下クンにはワタシがいるから♪」
楓が達成を明るく励ます。
「くやしいっ、くやしいっ、くやしいぃいいい、……グスン」
それでも達成の涙は止まらない。
「あーあ、ハナまで垂れてきちゃって。――はい、手の中にハナをチンしていいヨ」
「できないよぉ!」
周囲に笑い声にこだまし、夜の帳が空を染め上げようとしていた。
おしまい
ビリーブ・ハート 空希果実 @sikiyumeto
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