衆目とヤリモク
森エルダット
第1話
俺はまだ覚えてます
あなたのメガネのべっ甲色を
少しだけ低い身長を
腐女子のイデアみたいな風貌を
銀さんよろしく景気のいいツッコミを
それと、俺の呼び名が、森くんから森けんに変わった時のことを
その一文字の移り変わりが、どれだけ嬉しかったのかを
教室の隅に押しやられたもの同士で
陰キャの分子間力ともいうべき力で
か弱いけれど確かに存在している力で
俺たちはいつのまにか話してましたね
この詩は全編キモいけど
とりわけキモい話していいですか
文化祭の準備の時のことを
あなたがスパッツもハーパンも履き忘れてきた時のことを
マッキーに塗れた段ボールの横で
あなたは盛大にパンチラしていましたね
黒でした
記憶から消そうとしても消えないんです
ごめんなさい
その時の俺は指摘も無視もする勇気もなくて
あなたの前に座って
スカートの中が見えないようにして
俺からも見えないように横向きに座って
こいつなんでそっぽ向きながら話してんのってあなたの視線が痛かった時のことを
あの時の俺の意図には気づいていて欲しかったけど
恥ずかしいから気づいていて欲しくなかったです
もうとっくに忘れてますよね
覚えるの俺だけですよねたぶん
気づいてたかはわからないけど
ある日あなたが何人かで推しの映画に行こうと言った日
俺は必死で、マジで必死で、他の奴らを退けさせたんです
それで俺と二人で映画に行くことになったんです
俺は勝手にデートって名前をつけてました
ぶっちゃけ七つの大罪はあんま興味なかったけど
その時の映画のパンフは実家の机の引き出しの奥にあります
その後行ったゲーセンの記憶はいまも脳の奥にあります
あなたが筐体に台パンしたあとの恥ずかしげな顔が
沈魚落雁閉月羞花ってこのことかなって思った時のことが
ロミジュリってあるじゃないですか
あそこまで身分違いじゃなかったけど
失礼で申し訳ないけど
俺もあなたも被差別階級でしたよね
でも、気づいてたかわからないけど、あなたは学年で一番ヤバい女って思われてたんです
みんな裏では陰口吐きまくってたんです
俺もPink guyのセックス大好きとか聴いてるヤバい奴って思われてたけど
だけど
一番、ヤバくはなかったんです
友達も、今思えば友達でもなんでもない、ただ一緒にいて高校生活をしのいでただけの、教室の隅の埃の掃き溜めみたいな奴らもいたんです
そのうちの一人が言ったんです
お前あいつはさすがにヤバいよ笑
俺は次第に距離を置き始めましたね
あなたはそれでも、俺に話しかけてくれたのに
俺はだんだんそっけなくなってきましたよね
あいつらにビビりながら
さすがにヤバいって言葉が体内でこだましながら
それでも、未だに、俺はあなたのことを思い出すんです
だけど、マスクで隠れる前の、あなたのニカって感じの笑い方の次に思い出すのは
あの黒色なんです
その次は体育の時間にハーパンに浮いてたパン線です
その次は持久走の時に揺れまくってたあなたの胸です
ヤリモクって言葉あるじゃないですか
俺はまだ、それがどういうことなのかよく掴めてないんですけど
俺のあの時の気持ちには、そういう名前がつくんじゃないかと思って、本当に、怖いんです
だから、俺はもう一度だけ、もう一度だけでいいからあなたに会って、この気持ちを、自分勝手って分かってても、整理したいんです
でも、幸か不幸か、俺とあなたが知り合ったのは高校でしたね
こんどの成人式で、中学の同窓会があるんです
もしかしたらあなたは来ないかもしれないけれど、でもあなたは変なところでクソ真面目だったから、俺たちが同中だったら、多分来て、会えてたと思うんです
でも、俺とあなたは住んでる市も違いましたね
成人式でさえ、会えませんよね
高校の同窓会のこと、何か聞いてますか?
あの高校、正直みんながみんなを見下しながら、煙たがりながら、それでも一緒にしょうがなく三年間ダラダラいたような空気があった気がしてて、だから多分誰も幹事やろうとしないんだと思うんです。俺もADHDで、自分の年金も公共料金も履修登録も出来ないし、百何人集めるのは無理だと思うんです
第一携帯ぶっ壊れて、当然俺がバックアップなんて取ってるわけもなくて、ラインが初期化されて、元々疎遠だった高校の同期とも連絡がつかなくなったんです
だから、たぶんもう会えないと思うんです
それでも、俺は、この気持ちを吐き出したかったんです
海に、手紙を入れた瓶を投げ入れるやつあるじゃないですか
あれよく考えたらただの不法投棄ですよね
でも、こんなキモい文章でも、ネットの片隅に投げるだけなら、許されるんじゃないかなって思ってるんです
望むらくは、あなたがこれを、何かの間違いで、どうにかGoogleのアルゴリズムがバグって、あなたのスマホかパソコンかにこれが出てきて、何これキモって思ってブラバしないで、読んでくれることを切に祈っています
追伸: 本当にもし、もし、あなたがこれを読んでくれたなら、もしこれを読んでも、俺のことをまだキッショ死ねやって思ってくれてなかったなら、どうにか連絡をくれませんか。もう一度だけ、今度はちゃんと、俺と、映画を見に行ってくれませんか
衆目とヤリモク 森エルダット @short_tongue
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます