立花くんと彼女たち。
立花くんの日常。
秋真っ盛りだというのに、ここ落陽高校は春の日のような初々しい空気と、夏の日のようなジワリとした熱気に包まれていた。
そこかしこで、青春を謳歌している生徒達。
立花は、久しぶりに訪れた平穏な日常を味わっていた。
もっとも、完全とは言えず、何とももどかしくも学校では過ごしていた。
先日の須藤の件と絵子達の件だ。
周りからは期待と好奇な目で見られるばかりか、敵意と殺意を向けられることもあった。しかも恋の革命家としての噂を聞きつけた他校の生徒に待ち伏せされることも増えてきたのだ。
また、家では母と妹がどことなく冷たく、立花も迂闊なことは出来ないと距離を置いていたため、ギクシャクとしていた。
そんなわけで、戦時下ではないボランティア部の部室が唯一のまだマシな憩いの場になりつつあった。
そして、いつものように、目の前の、いつの間にか彼女となった女子生徒、大島理森の話を右から左に流しながら聞いていた。
「──でね、この魔眼っていろいろな種類があるの。契約者の願いを叶えるから……須藤の場合は略奪愛かな。結構ポピュラー」
「へー」
「だいたいは欲深い権力者とか、チート勇者みたいに成り上がりたいやつとかが願うのね。だからいろんな資料にはだいたい魅了の魔眼とその効果が載ってるの。特に恨まれるからそれはもうめちゃくちゃに砕かれてね」
「ふーん」
「だから数が多いし、対応方法も…って聞いてないでしょ」
「へー」
「……眼帯」
「外してッ!」
立花は聞いていた。聞いていたが、聞いたところで全然頭に入ってこないからと流していた。だが、眼帯は別だ。
理森はその立花の願いを聞くとにやりと薄く笑って言った。
「聞いてるじゃない。でも、どうしようかな。彼女増えてもいい? 私は構わないけど」
「そのままで結構だYOH!」
泣きながら現状維持を選択する立花だった。
彼女。それは青春を彩るために多くの男子生徒が求めてやまない存在である。
だが、それが×9となると次元が違う。
青春の字が違う。
立花とて、須藤の振る舞いからそれがどんなふうに見られるかわかっていた。無論彼女達自身についても。
だが、立花がそういうのは良くないと彼女達を突き放そうとするも、思い出してと切ない表情にギュルギュルと心を抉られ、頑張って思い出そうにも思い出せない美少女達のむせ返るようないい匂いに脳をムンムンに殴られ、その美少女達の殺伐としたバトルに肝がゴリゴリに冷え、身も心もズタボロに参ってしまう。
そんな立花を見て理森は楽しそうに笑う。
「んふ。でしょう? あ、今度どこ行こっか。お金持ちがいると考えるの楽しいよね」
「あの…それなんですけどね、アルバイトしようかとね、思うわけなんです」
立花は活路を学外に見出そうとしていた。
青春は何も彼女だけではないのだ。
「要らないわよ。それに初デートなんだから奢られなさい。だいたいどうやって面接突破するの? 例え出来たとして君は納得出来るのかな?」
だがそれはすぐに理森によってその道に墓標を建てられてしまう。魔眼に頼りたければどうぞと言っているのだ。
「んぐッ……一応は僕も男なんだし、デートかどうかはさて置いて、奢られるっていうのもさぁ…」
「大丈夫だって。お財布を君に預けるから。9個。ちゃんと使って楽しんでよね」
「やだよ! クズじゃん! それクズだろ! クズにしようとしないでよ!」
「ええッ? 推し活は使う数字が命なのよ?立花くんはわたし達を殺す気なの?」
立花は最近の理森が謎だった。会話の噛み合わない日が増えてきたのだ。
「推し活って…彼女じゃないじゃん…それにそういう殺すとかさぁ…物騒な言葉やめない? もう最近ラブ&デスでお腹いっぱいなんだけど……うん?」
そして、いつものように空襲警報の如く響き渡る足音がボランティア部目掛けて聞こえてきた。
部室の扉を開け放ち、物騒なことを言い放ったのは、純白のテニスウェアが眩しい姿の絵子だった。
「清春くん逃げてぇぇ!」
いや、絵子とその追っかけの男子三名のほうが物騒だった。
「立花死ねぇぇぇ!」
「立花コロスぅぅ!」
「立花ふざけんなぁぁ!」
革命の名残り、レジスタンス。
下剋上の強襲だった。
「ほらぁぁあああ!? また来たぁぁぁ!!」
革命家立花は革命家の名に恥じないくらい嫉妬男子達に付け狙われていた。
それもこれも立花の彼女達が美少女過ぎたのがいけなかった。
そしてザガピスの眷属故に殊更魅了してしまうのがいけなかった。
「革命家はだいたい命狙われちゃうからね。仕方ないね。絵子ちゃん、はいこれ」
「天使ちゃんナイス! 清春くんに迷惑かけたら許さないから! えーい! 正気に戻りなさーい!」
理森が絵子に渡したのは概念武器。そのまんまピコピコハンマーで、数字をアンダー50に強制的に下げる一品だった。
もっとも、数字が見えているのは立花だけだが、効果は目に見えて高かった。
すぐに男子生徒三名は沈静化したのだ。
そしていつものようにボランティア部で処理をする。
具体的にはお守りを買わせて追い返す。
取り分は6、4で連れてきた絵子が四割の収入となっていた。百貨店並みの掛け率だったが、絵子を含め、立花の彼女達は気にしなかった。
「はいこれ」
「やた」
さながら青春の一ページに刻めるかのような素敵な笑顔で理森からすぐさま金子を受け取る絵子。
そしてそのお金を握りしめながら、そのまま流れるような動作で振り返りつつ、キラキラとした一番の笑顔を作り、流れる汗もそのままに立花に言う。
「清春くん、これで帰りにお茶しよ?」
「う、うん…」
立花は驚く暇もなく、つい了承してしまった。
最近の彼は着実に、そして確実にクズの道に向かって直走っていた。
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