袖から思うこと

@akakichi

第1話

 幕が開く。

 ナレーションが入る。

 主人公が話し出す。

文化祭の劇は私に二つ教えてくれたことがある。


一年目の白雪姫は演劇の楽しさ

二年目の不思議の国のアリスは演じる楽しさ


 文化祭の劇なんてショボいものだと思う。しかし私は楽しかった。昨年は高校に上がってからはじめての文化祭を経験した。紆余曲折あった。クラスがまとまらなくて最終的に担任に指揮してもらった。でもみんなやれるだけのことを頑張ってやった。結果は大成功を収めた。特に女王を演じてくれた人のおかげだ。新人女優賞をあげたいほどだ。舞台上でセリフが飛んだ私を上手にカバーしてくれた。彼女はきっと大きくなる。私が自信を持って補償しよう。


 舞台上でセリフが飛ぶほど緊張していた。観客の目も怖かった。ギャグ要素を台本には散りばめているが私のシーンで果たして笑ってもらえるのかの不安もあった。人前に出ることが苦手な私だったがなぜかあの時は楽しさがあった。緊張も不安も楽しさに満ちていた。拍手喝采の中のカーテンコールはきっと笑顔だったことだろう。


 一年目が成功したからと言って二年目が成功するとは限らない。今年はなによりもスケジュールがおかしかった。体育祭の一週間後に文化祭だという。

「ねぇねぇ台本とかってどうするの」

文化委員に聞いてみた。主人公を快く引き受けてくれた人だ。

「うーん、探してるけど元が改変さてるのしか……」

台本探しは難航していた。ところが女王役を今年も引き受けた人が台本を書くという。

「女王様、がんばってね」

「ありがと」

彼女も難航していた。オチにだ。初めは夢オチで考えていた。しかしそれで締めるのはなんともありきたり。

「きゃーー‼︎」

現時点でアリスの姉をオカンに書き換えていた。そんなオカンを演じている男子が叫び声をあげた。オカンの声の練習だろうか。

「なんかあれみたいやね」

オペラの魔笛のように聞こえるという。何かに閃いたようだ。パソコンを叩く指のスピードが速い。夢オチはやめて現実に夢が侵食するような結末に書き換えられていく。

「はぁ」

「どうしたのアリス」

アリスと役名で呼んだらこづかれた。何か悩んでいるようだ。

「それがさ、やっぱ今年も『声』なんだよね」

『声』昨年も問題だった。本物の舞台のように一人一人ピンマイクなどつけられない。文化祭の劇だと声は録音を流す場合も多いようだがうちのクラスの見どころはアドリブにある。アドリブを生かすためには生の声でなくてはならないのだ。

「屋上とかで声出しの練習してみるとかどう」

放送部がよく屋上で発声をしているのを思い出した。「いいね」っとグッドに握った拳が顔の前に突き出された。

 屋上で風を受けながらセリフを叫んだりした。すごく青春を感じるような気がする。私は夢を見ていた。高校生になったらできると思ってたあんなことやこんなこと。しかしドラマで観たような青春はあるウイルスによってできなくなった。夢は現実にはなってくれなかったというのに私たちは確かに今この瞬間の青春を味わえているのだ。不思議だ。

「おー発声練習?」

「あ、担任だ」

「アイスたかろうよ」

文化祭後のご褒美を担任におふざけ半分でねだった。

「先生絶対ハーゲンですからね」

「そうですよ!私たちのギャラは高いんですからねー」

ハハッと笑い飛ばされてるけどこれも楽しい。


 さて体育祭準備と被っていた期間も含めても二週間なかった準備期間も終わった。今日が本番だ。あまりに準備期間が短くまだ本番当日だという実感が湧かない。

「次は二年○組不思議の国のアリス」

ナレーションが入った。古い学校の幕がキリキリと音を立てながら開いていく。なぜだろうか緊張はない。むしろ楽しい。本番のみんなは練習よりも暴走してしまうことは去年でわかっている。今年は私も暴走出来るだけの余裕を持ち合わせている。本当に演劇は私にいろいろな恩恵をくれた。観るだけなんてもったいない。このワクワクをもっと感じたい。そう静かに思いながら舞台袖でニコニコと微笑み出番を待つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

袖から思うこと @akakichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ