第8話
ここ椛野市は、周囲を山に囲まれたすり鉢状の盆地だ。椛野の名の通り、秋には咲き誇るような椛で周りの山々が彩られ、今のような春先には桜や梅の花が明るい光を放つ。
そんな土地柄もあり、俺の通う椛野高校は山の斜面の上に建っていた。その登校はハイキングと揶揄されるほど通学には不向きな立地で、白一色の校舎は厳めしげにそびえ立っている。今もこちらを見下ろしているようなその姿に、思わずため息を吐きたくなる。
「ていうか、そっちは何でそんなに急いでいたんだ? まだ遅刻ギリギリっていう時間でもないだろ? しかもここからさらにハードなハイキングだっていうのに」
「んー……トレーニング? の一環? 的な?」
疑問符が多い。彼女の首の角度がどんどん地面と平行になっていく。ポニーテールだけが釣り糸のようにたらりと垂れていた。
「普段から学校行くときは軽くジョギングしながらって決めてるんだ」
「あのスピードで軽いジョギングなのかよ……。何かスポーツでもやってるのか?」
「そ。私、小さい頃から空手やってるんだ。こう見えても結構強いんだよ?」
そう言って彼女は、空手の形なのか、シュッシュッと拳を繰り出して見せた。なるほど、少なくともさっきの変人よりは構えが様になっている。結構強いというのも決して単なる誇張ではないのだろう。
「どうりで俺とぶつかっても倒れるどころかよろめきもしないわけだ」
「空手は体幹が大事だからね。これくらいで倒れるわけにはいかないよ」
その台詞を「これくらいで」倒れた相手に言うとは。若干傷つく。
「うち、実家が道場なんだ。早乙女空手道場。君もどう? やってみない? 今なら入会金安くしとくよ?」
そう言って結構ぐいぐい迫ってきたが、俺は丁重にお断りした。運動はあまり得意ではないのだ。
それにしても、早乙女空手道場という名前にはあまり聞き覚えが無いように思われた。近所にそれらしい建物があった記憶もなく、すぐにはピンと来なかった。
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