けれどその結末は切なく哀しい(2)
「少しは気が晴れたか?」
虚空を舞う美しい蝶が夕陽に溶けるように次々と姿を消してゆく。
「ええ、もう平気よ。この世の奇跡をまた見せてもらえたんだもの」
「生前の母が見て喜んでいたんだ。幼かった俺が
「お母様が……そうなの。亡くなった私の母も蝶々が好きだった。自分の婚礼衣装に蝶のモチーフをあしらうほどに」
「エリーも母君を亡くしているんだな」
「でも私には、レオンみたいにステキな魔法は使えないから。幻のフレイア、お母様にも見せてあげたかったなっ」
エリアーナの笑顔が輝くのを見て、レオンは満足げに目を細め、頬を緩めた。
——母親がいつ、なぜ亡き人となったのか。
その事には言及せず、互いの心の中にそっとしまいこむ。
エリアーナと同じくレオンもまた、触れられたくない過去の苦い想い出を抱えているのだった。
「アネットの言うことは気にするな。死んでも安心しろだとか根拠も示さず俺を救うだとか……治癒を為す聖女であっても
想い人と問題児に翻弄されるレオンの
歩き出したエリアーナには、アネットの妄言に加えて守護妖精のルルが残した警告じみた言葉が不安に追い打ちをかけてくる。
アネットの妄言だけなら、レオンが言うようにただの妄想だと割り切れたかも知れないのに。
「だがもしもおまえが危なくなったら俺が助ける。約束する」
真摯に向き合った背高い体躯がエリアーナを包むように大きな影を落とす。
強い口調で、けれどさらりと言い放ったのは揶揄いじゃない。レオンの気概が宿る、まるで誓いそのものだ。
「ああそうか、予言が外れて俺自身が死なずに生きていたらだがな」
はぐらかすように冗談を言って笑ったのは、他でもなく照れ隠しであった。
そんなレオンの想いを知るエリアーナには、どうしても伝えなければならない『事実』がある。
『一目で惚れた……それが俺の事実』
夕陽に染まる書庫室で打ち明けられた、彼の『事実』。
あの時は冗談にしか取れなかったけれど、あの日以来、凍てついた冬の海を連想させるレオンの
「……あのね」
——学園長先生と親友のアン以外、誰も知らない私の『事実』をレオンにはちゃんと伝えなきゃ……!
湿り気を帯びた赤煉瓦の小道で、エリアーナは顔を上げる。
レオンの直球の想いがまっすぐであるがゆえに、曖昧なままでいてはいけない気がした。
「どうした?」
エリアーナを見下ろす双眸にはやはり——アイスブルーの光彩が優しく揺らめいていた。
「レオンには、ずっと打ち明けたいって思っていたのだけど……」
「ん? まさかここで告白の返事を聞けるとか?」
声色は明るいけれど、精悍な表情がわずかにこわばったのがわかる。
いつでも堂々と胸を張り、怯まず、威勢を放つ優等生レオン・ナイトレイが、柄にもなく緊張しているのだ。
「私ね——結婚しているの。だから」
エリアーナが顔を上げ、次の言葉を紡ぐ。
ブルーの虹彩が見開かれる。その表情はにわかに影を帯び、レオンの形の良い唇が一文字にぐいと引結ばれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます