驚愕の再会(2)


 *



 教場に戻る廊下を歩きながら、アンは上機嫌を隠さない。


「やばーい! 私、レオン・ナイトレイに恋しちゃったかも!?」


 他の生徒の目も気にぜず回廊の真ん中で小躍りするアンは、エリアーナがこれまで幾度となく聞いたセリフを語る。


「ふふ。アンったら恋におちたの? よりによって今度はあのレオン?」


「ああ、レオン様っ……! 魔力も座学も学年成績トップにして女生徒の視線を釘付けにする超絶美男子。ふざけてるように見えるけど根は真面目な優等生! さっきのだって、ああ見えて私たちを庇ってくれたんでしょ!? そんなの、もう惚れるしかないじゃない!」


 嬉々とはしゃぐアンを横目に、エリアーナは心底困ったように項垂れる。


「眼鏡、取られちゃったけどね……」

「それは私たちを馬鹿にしてるジゼルたちにエリーの素顔を見せつけるためよ。みんなは知らないんだから……大きな眼鏡の奥に隠された、エリーの真の可愛さを!」


「私にはただ面白がって揶揄われたとしか」


「エリー、彼はあなたが思うほど嫌な人じゃないわよ。さっきレオン様と一緒にいた男子生徒ふたりはラバースーツ着てたでしょ? 魔術学科が不得意な生徒たちに、レオン様が昼休みにああやって防御魔法の訓練に付き合ってるらしいの!」


「レオンが使うのは『雷』魔法だものね」

「そうよ……元素魔法では最強の雷っ! 先生達だって彼の魔力には一目を置いてる。ラバースーツは感電防止のお守りね……優しいのよ、彼はっ」


 アンは好意を持った男性を必要以上に美化する癖がある。

 そしてアンの夢見心地な恋心は今に始まったことではなく、想い人は日々ころころと変わるのだった。


「アンの好きな人は、生徒会長のジルベール王弟陛下じゃなかった?」

「エリー、恋心はね。空を征くあの雲のように、時を追うごとに形を変えていくものなの……」


 胸の前で手を組んだアンはうっとりと窓の外を眺める。

 恋に夢見がちなアンを見ていると、エリアーナは先ほどレオンに絡まれた戸惑いなど忘れ、つい頬を緩めてしまうのだった。



 *



 放課後になり、エリアーナとアンが躊躇いがちに生徒会室の扉を叩くと。中から「どうぞ」と返答があって、一人の生徒が扉を開けてくれる。


「……失礼いたします」


 それぞれ名を名乗り、ゆっくりと部屋の中に足を運べば。

 広々とした生徒会室には数名の生徒会役員がいて、おのおの好きなことをしているように見えた。

 壁沿いにある大きな本棚から本を取り出す者、窓際の小卓で書類と格闘する者、お茶のセットを乗せたトレイをテーブルに運ぶ者……。


 ロッカジオヴィネ魔術学園の生徒会長、天下のアストリア国・ジルベール王弟陛下が単なる一生徒のふたりに何の用があると言うのであろう。

 エリアーナとアンが部屋を見回していると、中央に置かれた円形の大きなテーブルの奥から声が届いた。


「おっ、十一年生のエリー・ロワイエとアン・レオノールか? また随分と早かったね。私はと話があるから、その辺で待ってて」


 声のする方を見れば、声の主である生徒会長と——その隣に立つ、白い騎士服に身を包んだ背高い人影がエリアーナの目に飛び込んだ。

 思いもよらない人物の登場に、エリアーナの心臓がどくりと激しく跳ね上がる。


 ———えっ、えええ……っ


 ティーセットが運ばれて来ると、ジルベール王弟陛下、いや生徒会長がその青年に座れと促す。


「……そういう事か。陛下の密偵が不在だからとはいえ、君には何かと手間を掛けるね。当該のレオンには所用を言い渡しておいた。しばらくここには戻らないだろうから、このまま話を続けてくれ」


 騎士服の青年は生徒会長に軽く頭を下げるが、すぐにエリアーナに視線を戻す。

 どうやら彼もエリアーナと同様……もしかするとそれ以上に驚いている様子で、ブルーグレーの瞳を大きく見開いた。



 ———だっ、《旦那様が》、なぜここに……………!?



 生徒会長の隣に立ち、エリアーナを凝視する青年は——何度まばたきを繰り返しても目をこすっても、夫のアレクシス・ジークベルトに見違いなかった。




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