《Letter-Violet》
思いがけない『罰』(1)
いったい何処に向かうのかと思っていると。
玄関ホールの大階段を上がったところで突然に歩みが止まる。おかげでアレクシスの背中に額をぶつけそうになった。
エリアーナが驚いて見上げれば、肩越しに振り返ったアレクシスが「シッ…」口元に人差し指をあてている。
そのまま静かに廊下を歩けば、踊り場の先にある広間から談笑が漏れ聞こえた。
開け放たれた扉の陰からそっと広間の中を覗きこむと、アレクシスの視線の先に床にぺたんと座る三人のメイドたちがいた。彼女たちの膝の上には作りかけのリボンとタッセルが見える。
「あれは君の指図か?」
「はい……メイドの皆さんには、タッセルに飾りを縫い付けてほしいと頼みました」
オレンジ色の夕陽が穏やかに差し込んで、メイドたちが座る広々とした空間はとても明るい。
見られていることに気付かない彼女らは、時々談笑を交えながら縫い物を続けている。チクチクと縫い針を動かす指先は小気味が良い。仕事をさせられているというよりも、与えられた作業を楽しんでいるように見えた。
「……なるほど」
小さくつぶやくように言い、アレクシスはきびすを返して広間を後にする。
繋いだ手をまた引っぱられ、否応なしに長身の背中を追いかけた。かなりの身長差があるせいで手を引かれていると歩きにくい。
立ち止まったのはアレクシスの書斎の扉の前——。もちろんエリアーナがただの一度も足を踏み入れたことのない場所だ。
——ここで『罰』を言いわたされるの?
いつも冷ややかな言葉と眼差しを向けてくる夫のこと、いったいどんな罰なんだろうと思うと心が縮んだ。
繋いだ手のひらはこんなにあたたかいのに——。
双扉の片方が開かれ室内に入ると、まずは壁一面の棚にびっしり並ぶ本の数に圧倒された。
アレクシスの執務室はこじんまりとしていて、窓際に置かれた書卓と肘掛け椅子の近くに二人掛けのスツールと小卓が置かれている。普段は宰相補佐官として王宮に出仕しているのだから、広い書斎は必要ないのかもしれない。
「あの……」
エリアーナが見上げると、アレクシスは「何だ?」と言いたげに眉をひそめる。
「これは……」
繋がれたままの手に視線を落とせば、一瞬だけ見開かれた青灰色の瞳が慌てたふうに揺れる。五本の長い指が、ぱっ! と離れてエリアーナの右手がやっと自由になった。
アレクシスはといえば離した手を背中の後ろに回して、きょとんと見上げるエリアーナの視線からおもむろに目を逸らせる。
「と、特に意味は無いッ……離すのを忘れていただけだ」
「そっ、そう……ですよね?」
——旦那様にとって、私と手を繋ぐことなんて何の意味も無いってわかっています。
でも何だか、私を励ますように繋いでくださっていたような気がしたので……きっと気のせいですね。
緊張が解けて安堵した気持ちの裏側で、いざ離れてしまえばどこか寂しいと訴える自分がいることをエリアーナは不思議に思うのだった。
「ちょっと待ってて」
座れ、と視線で促されたので、二人掛けのスツールに浅く腰を下ろす。
書卓脇に立つ背高いアレクシスの洗練された立ち居振る舞いはいちいち綺麗だ。それに薄灰色の髪色は、彼が好む白っぽい上着によく似合う。
そして書卓の引き出しから何かを取り出すと、スツールに向かい、エリアーナの隣に腰を掛けた。
(続・2)
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