悩ましいほどに不器用な愛を(2)



「せがまれたのは甘いキスじゃなく……まさかの離縁かよ! だが心配するな、離縁するなど侯爵家が許さんだろう」


「エリーは異能を発現していない。期待が外れて失望した両親が離縁を受け入れる事もあり得る」


「それが心配なら異能を。国王の『王の』のお役目はアビス一族が代々受け継いできたものだ。エリアーナちゃんにもその役目を担う義務がある。『国王の』があれば、道化の仮面を被ってくすぶってる反王政勢力が白日の下に晒され、国王陛下とアストリア王国は安泰——そして君ら夫婦は円満になる! まさにウィンウィンじゃないか?!」


「エリーの母親はその『王の眼』のせいで暗殺され、亡骸を刻まれた挙句に捨てられたんだ。あらゆる勢力が喉から手が出るほど欲する『王の眼』——嘘や偽りを見抜く異能を持ち、国王の隣に立てば、エリーの身は常に危険にさらされることになる」


「……はいはい。その話はもう何度も聞きましたよ! 愛するエリアーナちゃんを守りたいって言っても、解決策はもうそれしかないだろ。アレクは大事な妻を守る『騎士』に徹して、『王の』となったエリアーナちゃんを全力で《愛して》あげれば?」


 カインの言う事はアレクシスとてよく理解している。

 異能の発現によって生じるエリアーナの身の危険を除けば、国王や国にとってもアレクシス夫婦にとっても、良い事ずくめなのは間違いないのだから。


「エリーは俺が守る」

「おっ、離縁を持ち出されて、ヤンデレのアレクもやっと決心がついたか。と言うことは……いよいよ今夜が新婚初夜ッ!」


 アレクシスは困ったように嘆息する。


「簡単に言うな。エリーの異能は単に身体を重ねたからと言って発現するものじゃない」  

「その愛情を言葉と態度で全部注いで、思いっきり好きだと示してやればいいだろう? エリアーナちゃんの愛の炎だってすぐに燃え上がるさ」


 あからさまに頬を緩ませるカインをよそに、アレクシスは怜悧な面差しを崩さない。


 火や水などの元素魔法とは異なる異能は『特異魔術』と呼ばれる。

 その多様な異能を統括する『特異魔法省』で、政治や軍事に能力を利用された挙句、命を落とした哀れな異能者たちをアレクシスは嫌というほど見てきた。

 愛するエリアーナを、彼らと同じ目にあわせるわけにはいかない。


「——いや。エリーの異能は。エリーを国王の眼になどさせるものか。これまで通り、ジークベルトの屋敷の中で俺が守り続ける」



 その時、回廊の窓の外に白い鳥が飛んだ。

 大きな羽音が耳に届いて、ふたりは揃って冴え渡る青い空を見上げた。


 エリアーナの異能は、発現しなかったのではない——アレクシスがのだ。


 エリアーナとの婚約を交わした、あのアコレードの日。

 アレクシスが騎士となったその日に、当時の『王の』の異能者だったエリアーナの母親から託された言葉が眼裏まなうらをよぎる。



『いずれエリアーナの夫となる貴方に、幼いエリアーナ自身もまだ知らない大切な事を伝えておかねばなりません。エリアーナの母としての、最後の責務です。』



 彼女がそんな風に言ったのは、虫の知らせだったのだろうか。それとも身に迫る危機を悟っていたのかも知れない。

 当時十六歳の少年だったアレクシスひとりを呼び出し、まるで遺言のように伝えたあと、時を待たず先代の『王の』——エリアーナの母親の命は絶たれた。



『王のの異能は、一族の血を引く女児のみに継がれるものです。良き夫を得て、愛し愛される事を知ったとき、エリアーナの力は芽吹くでしょう。私の可愛い娘エリアーナを貴方に託します。貴方が……娘をまもって』



 エリアーナを妻として迎えた今となれば。

 あの日の言葉は重い枷となって、アレクシスの理性を繋ぎ止めているのだった。


「だからと言って、エリアーナちゃんをこのまま故意に遠ざけておくわけにもいかんだろう? その結果の『離縁』発言だしな……」


 全ての事情を知るカインはいつでも親身になってアレクシスを案じてくれる。エリアーナとの距離だって、いつまでもこのままでは居られない。そんな事はアレクシスとて良くわかっているのだ。


 ——愛し、愛されることを知ったとき、『王の』の異能は芽吹く。


 エリアーナの異能が発現しないよう夫の勤めを放棄し、遠ざけ、ただ守りたいが為に繋ぎ止めておくのは自己満足の酷い身勝手だと知っている。


 それは愛する妻エリアーナへの——

 アレクシス自身も悩ましいほどの『不器用な愛』なのだった。





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