第2話 違和感

 瞼越しに伝わる白い光は強さを増して広がったかと思うと、激しい衝撃とともに消え、視界は暗闇へとつつまれた。


 それからどのくらいの時が経っただろうか。


 パラパラと物体が崩れ落ちる音が聞こえ、何かが焦げたような臭いが漂っている。

 地上に着陸したのだと感じたレイは、衝撃に耐えるように強く閉ざしていた目をゆっくりと開いた。


「い……生きてる……」


 レイはそれだけポツリと呟いた。

 再び目に入った景色は白い霧に包まれている。状況は何一つとして解っていないが、自分は生きているということだけは確かであった。

 息も絶え絶えで全身が痛んでいたが、初めて感じる地球の重力は、どこか心地よさがある。

 脱力感に苛まれてその場で身動きをせずぼんやりとしていると、霧が薄れ、崩れかけている宇宙船の天井から、空が見えた。


「紫……?」


 果てなく広がる空は、レイが想像していた澄んだ水色ではなかった。


 状況を確認しなければならない。そう考えたレイはゆっくりと身体を起こす。どこかしら折れているだろうというレイの予想は外れ、難なく立ち上がることができた。慢性的な痛みは続いているものの、目立った外傷も少ないようだ。思いがけない自分の身体の強さと最期に発揮されたであろう自分の運に、レイは感謝した。

 ただ、この単なる鉄くずと化した宇宙船はどうしようもない。多少の機械の構造や修理方法は叩き込まれていたが、宇宙船を一から造る方法は流石に教えられてはいなかった。


「これで簡単には帰れなくなったな」


 レイは自分を慰めるように、機体が被っていた砂埃を優しく払う。何年も帰還することがなければ誰かしら安否を気にするものはいるだろうが、一人の調査隊員の回収を目的とした活動は予算的にされないだろう。次の調査隊員が派遣されるまでこのまま地球で生きていくしかない。それがレイが下した結論であった。


 砂埃が落ち、再び光を反射するようになった機体にレイの姿が映る。地球人と容姿や身体構造はほぼ同じといってもいいが、耳元から伸びる紐とその先に球体がついた器官は地球人にはついていないものだった。宇宙船についていたステルス機能を失った今、地球人と接触する可能性を考え、取れたりしないものかと試しにぐいぐいと引っ張ってみるも、その行為はレイの耳たぶを赤く腫らしただけであった。思っていたよりも、繊細なものらしい。


 何とか頑張るしかない。地球に無事到着したのであれば、調査隊員として何か成果を上げなければならない。運良く生き延びたのも、自分の使命がまだ残っているからだ。


 レイはかつて、親友のエーディオと交わした約束を思い出す。エーディオは地球調査隊員の候補生で、レイとは半生を共にし、過酷な訓練を支えあって乗り越えてきた仲である。


『いつか、クレイヤに木を植えよう』


 この約束を果たすためにも、ここで立ち止まっているわけにはいかない。早くも気持ちを切り替えたレイは、自動では動かなくなった立て付けの悪いドアを力ずくで開けた。


 外に出ると、相変わらず空は紫に染まり、薄気味悪さを放っていた。地球の空はこんな色ではない。不審に思っていると、周りの風景の違和感にもレイは気づいた。木々は腐り、地面にはヒビが無数に入っている。鮮やかな緑の葉なんてものはなく、ただ黄土色の枯れ葉が積もっているだけであった。


 憧れた地球とはかけ離れている風景に、レイは言葉を失った。

 もしかしたらここは地球でないかもしれないという最悪のケースも頭に浮かびつつ、変わり果てている地球の様子に困惑していると、どこかで発砲音が聞こえた。


「銃声……!?」


 万が一の為にと自身に備えていた小型のレーザー銃を反射的に構える。音が鳴った場所は恐らくそう遠くない。

 身を低く隠し、目線だけを外にやる。辺りを見渡していると、ゆらりと黒い機械が視界に入った。


「どういうことだ」


 突然現れた機械の形状に、レイは見覚えがあった。


「R7……まさか、先を越されたか」


 R7は天体クレイヤと敵対関係にある小天体カノティアが開発した四足歩行の偵察兵器だ。

 予想外の兵器の登場に、レイは思わず後ずさりする。その時かすかに鳴った足音に気づいたのか、R7はレイの方へと接近した。


「まずいっ」


 レイは素早く標準を合わせて引き金を引いた。R7は偵察用に開発された兵器とは言えど、殺傷能力がある。音を出さずに光を発したレーザー銃は、R7を真っ二つにした。


 思えば、銃などの備品が問題なく使えるかどうかの確認は、着陸後行っていなかった。下手したら死んでいたかもと、レイは己の注意不足を反省した。


 R7の機能停止と他に周囲に敵らしきものがいないのを確認すると、レイは宇宙船に戻り武器の保管庫へと向かう。保管庫は丈夫にできているだけあって、大半の武器は問題なく使えそうであった。

 レイは合わせて他の船内の備品も確認する。宇宙船に直接備わっていた機能は壊滅していたが、宇宙船とは独立した機械や、保管庫に積んでいた食料、個人的に持ち込んでいた電子機器は使用できるものが多かった。


 装備を整えたレイは二つに分かれたR7を回収し、今さっき正常な起動が確認できたコンピューターの分析をかける。瞬時にでた結果に一通り目を通すと、レイは頭を抱えた。


「根本的なシステムはR7と同じ……ただ、この機構はR7には備わってはなかったし、さっきの感知能力、俊敏性は従来のものをはるかに上回っていた。これはR7を応用したものであってR7ではない……」


 カノティアが更に技術力を上げたのか、それとも他の天体が制作したものなのかまではわからない。ただ、天体クレイアと同じく、地球を求めものたちがいたのだ。それも武力を行使する形で。


 ここが地球であってもなくても、最悪の事態には変わりない。レイは深いため息をついた。

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