最後の一日

@moon_888

第1話

「なつ、朝ごはん出来たわよ」リビングから聞こえる、

少し遠いお母さんの声


自分の部屋を出て感じる朝ごはんの香り


ごはんが並ぶテーブル


テレビに流れる朝のニュース


「おはよう」まだ眠そうな顔でそう言いながら椅子に座る妹のあき




いつもと変わらない

いつもと同じ一日




「8月8日、今日の天気は曇りのち雨。

夕方には傘が必要になるかもしれません」


テレビに映るいつものお天気お姉さんがそう言った。





「お姉ちゃん、明日お姉ちゃんのあの白いワンピース貸してくれない?」


「あきが白いワンピース? いつも白は汚れるからやだとか言ってたじゃん。」


「いいじゃん! ねぇ、貸してよー」



「う〜ん。どうしようかな〜」

妹で遊ぶのは実に楽しい。ある程度どんなことかは予想がついている。



「どんな子と行くのか言ったら貸してあげてもいい」


「友達だって。」

あきは少し小さくなった声でそう言った。


「あのね、そんなこと聞いてるんじゃなくて、女子なのか男子なのか、

どんな関係か、どんな感じの仲の良さなのかを聞いてるのよ」


少し気恥ずかしそうに、「だからー」と言うあきに

私は前のめりになりながら聞いた。



「彼氏?」



私がそう聞くと、あきは少し黙ったあとに軽く頷いた。



「お母さん、今日私の白いワンピース洗濯してくれない?」


「洗濯? じゃあ、そこに掛けておいて」


「はーい」


あきは嬉しそうにごはんを食べすすめた。




朝ごはん

テレビのニュース

お母さんの様子

妹との会話



いつもと変わらない朝




朝ごはんを食べ終わり、自分の部屋に戻った私はベットに腰掛け、

大きくため息をした。



「今日、なにしようかな」



今は夏休み

でも今日は遊ぶ予定もなく、することもあまりない。



そんなことを考えていると、

「お姉ちゃん!」と足跡をドタバタと立てながら、

あきが私の部屋に入って来た。



「これ一緒に観ない?」


あきが手に持っていたのは映画のDVDだった。


「なにそれ、どんな映画なの?」


「なんか、未来が分かる主人公が世界の危機を救うみたいなやつ」



”未来が分かる”


現実味がないな〜と思いながらも、

することもなかった私はあきと一緒にその映画を観た。




映画の本編が終わり、エンドロールが流れている最中、あきが一言こう言った。



「未来が分かるっていいな〜」



「そうかな」

私はそうは思わなかった。



「だって、未来が分かればテストの範囲も分かるし、

そしたらそれだけ覚えていけばいいし」


「今の発言であんたが赤点ばっかな理由がよく分かった気がする」



「なにそれひっど。」

あきは「ひどいひどい」と言いながら、「でもでも、」と会話を続ける。



「やっぱり未来が分かったら、危険なことも回避できそうでいいじゃん」


「そんなうまくいくかね。」




そんな会話をしていると、いつの間にか映画のエンドロールも終わっていた。





時計を見るともうお昼。



私はお母さんがお昼ごはんを作ってくれている間、自分の部屋に戻った。




部屋に戻り自分の携帯を見ると、親友のあいからメールが来ていた。



「今日暑すぎ。今なにしてる?」


「さっきまで映画観てた。あいはなにしてんの?」


そう返事をすると、コンビニのアイスを食べている一枚の写真が送られてきた。


「冷たいもの食べたくてコンビニ行ったら、

外暑すぎてゆでだこになるかと思った」


「ゆでだこって 笑」


そんないつもと変わらないやりとりをしていると、

「ご飯できたわよ」というお母さんの声が聞こえてきて、

「ご飯食べてくる」とあいにメールを送りリビングに行った。





やっぱり、いつもと変わらない一日だ。


いつもと同じに思える一日だ。



朝も昼もいつもみたいに家族とたわいもない話をして、それで笑って。


親友ともなんの意味もない話をして、

でもその意味もないやりとりが楽しく感じて。



うん。いつもと変わらない。 ここまではいつもと同じだ。




お昼を食べ、ぼーっとしたり、思い出したことをやったりしていたら、

いつも間にか16時になっていた。


「もうこんな時間か」

そう思っていた時、携帯が鳴った。



携帯の画面を見ると、それはあいからの電話だった。


「もしもし、どうした?」


「ねぇ、いつの間にか16時なんだけど」


「あいから電話きた時、同じこと思っていた 笑」


「時間経つのほんとに早すぎ。

明日とかもこうやって時間が過ぎていくんだろうね

そんでまた「もうこんな時間!?」って言って。」




”明日”か。



私はさっきの声よりも少し落ち着いた声で、「だね。」と答えた。




「う〜ん」と言いながら少しお互い黙った後、


あいはハッとしながら、

「てかさ、今年夏らしいことまったくしてなくない?」


「たしかに!」


「あ!でもなんか今日、テレビでめっちゃ楽しそうなプールの所が出てきてさ、

行きたいな〜と思ったんだけど、、、

なつ、一緒に行こうよ!絶対楽しいから!」


あいはテンションが上がったのか話すスピードが上がり、

「水着とかも買いに行ってさ、」なんて話を進めている。



「ねぇ、いつ行く?」あいが私にそう聞いてきたタイミングで私は口を開いた。



「あい、ごめん。私行けない」



「え?なんで?」あいは不思議そうにそう聞いてくる



「ごめん。たぶんその時にはもう行けないと思う。」



あいは電話越しで私の言ったことを少し考えているようだ。




そしてあいが言った。

「なつ、もしかして、見たの?」



私は答えた。

「うん。」




「”その時にはもう行けない”ってことは、、、」

あいは、冷静なような、少し焦っているような声だった。



「今日が最後の日なの。」

私は冷静にそう伝えた。




あいは数分黙ったままだった。



「あい?」私がそう言うと、


「なつ、いつ遊ぶ?いつ遊びに行こうか?」


「あい、私は、」

そんな私の言葉を遮るようにあいが話し始めた。



「まだやってないこといっぱいある。

プールも行ってない。花火も観てない。

ほら、この前観たいねって話してた映画だってまだ見てないじゃん。」


電話越しでも分かる。

あいが今にも泣き出しそうなことが。



「あい、私ね、あいと出逢えて最高に幸せだった。」


「なに別れみたいなこと言ってんのよ」



「私があいに誰にも言えなかったことを打ち明けた時、

あいは否定もせずただただ聞いてくれて、ただ「そうなんだ」って言ってくれて、

その後も普通に変わらず接してくれた」


私は話しながら泣いていた。



「当たり前でしょ。親友なんだから。」

あいも泣いている。




「私は、”今日まで”なんて認めない。

何百年後でも何億年後でもなつと逢って、「もう動けない」ってなるまで

一緒に遊ぶから。それまで、体力つけときなさいよ。」


あいは力を込めてそう言った。



私も力を込めて、「うん!」と返す




「あい、ありがとう。いつかまたあいに逢えるのを楽しみにしてる」



「なつ、私もありがとう。何百年後でも何億年後でもなつは私の親友だからね」



二人とも泣いていた



その後、聞こえてくるのはお互いの泣き声だけで、

なかなか電話を切ることが出来なかった。




でも、最後は明るく終わろう。そう決めた。




私は溢れて止まらない涙を拭き、精一杯の明るい声で言った。



「じゃあ、またね!」



その後、あいの深呼吸が聞こえ、

「またね!」という私が大好きなあいの明るい声が聞こえた。




そして、あいとの電話が終わった。




私はいつも、「今日もいつもと変わらぬ一日だ」と思いながら生きてきた。


でも今日は、そのいつもと変わらない、

当たり前と思っていた一つ一つが特別だったということに気がついた。





今日は、いつもと同じ日ではない。



今日は、私の人生が大きく変わる日。



いや、終わる日か。





そう。

これは、未来が見える私の”最後の一日”






「なつ、ちょっとコンビニで牛乳買ってきてくれない?」

「うん。分かった。」




今日は、私の人生最後の日



数日前、ある未来を見た。

それはいつも見ている朝のニュース番組で、内容は未来のものだった。




「昨晩、車の衝突事故が起き、

この事故で17歳の田原なつさんが死亡しました。」




その未来は、私を絶望と出会わせた。


「こんなの嘘だ」と最初は思ったが、

今まで見てきた未来が間違いだったことはなかった。




「未来を変えればいい」と思う人もいるだろう。


前に一度、ある未来を変えようとしたこともあったが、

未来を変えようとした時、その未来は私が見た未来よりも

もっとひどい状況になっていた。



それを目の当たりにした私は、

もう未来を変えようとするのはやめようと決めた。




自分の最後の日を知った私は、それから残りの日をどう過ごすか考えた。




でも、考えても考えても思い浮かばず、

ただ時間だけが過ぎてゆくだけだった。


なにか特別なことをしようかとも考えたが、

それをしたらもっとやりたいことが出てきてしまいそうで、


「もっと生きたい」と思ってしまいそうでやめた。




だから私はただ、いつもと変わらない一日を生きようと思った。





私は意味のある人生を生きることが出来たのだろうか。



誰を救ったりするような、そんな素晴らしいことが出来ていたとは思わない。


きっと、誰かを傷つけてしまったこともあっただろう。


「あの時、こうしておけばよかった」という後悔もある。



でもそれでも私は、

「生まれなきゃよかった」とか、

「生きなきゃよかった」とは思いたくなかった。



死ぬならせめて、「生まれてよかった」「生きててよかった」と思いたい。



これは私の最後の意地だ。





「あれ、お姉ちゃんどこ行くの?」

「コンビニ。牛乳買ってくる」

「そっか、いってらっしゃい。」


「いってきます。」




未来は、私を絶望させるものだったが、

私を『今まで』と向き合わせるものでもあった。




自分の未来を見たあの日から、絶望の数日になると思っていた。



でもその数日は、私に「生きててよかったんだ」と思わせてくれた。




私の”未来に逆らわない”という選択が正しかったかは分からない。

きっと、間違いだと言う人もいるだろう。


でも、最後に私は自分で生き方を決めた。


正しかったか、間違っていたかはどちらでもいい。



私が決めたんだ。


自分の人生を。




「未来で逢おう、みんな」

その言葉は、私の最後の一日の、最後の言葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最後の一日 @moon_888

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ