第19話 心に寄り添いたい
浅葱色の単衣、ポニーテールを心持ち高めに結った
(間接……い、いや! そんな深い意味はないはず!)
固まる献慈を尻目に、澪は淀みない所作で隣へ腰を下ろした。
「私から言うのが筋だと思うから」
「改まってどうしたね? 何か大事な報告でもあるのかな?」
「お父さん、私……もう一度、御子封じに挑んでみたい」
「それで俺も、守部としてついて行――」
冷徹で、有無を言わさぬ声音だった。
「駄目だ。許可できない」
答えは決まっていたのだ。
「……っ……どうして」
「
「私まだ、そんなこと……」
「言わずともわかる。だからこそ行かせるわけにはいかない。お前をまた危険な目に遭わせては……
父の口から美法――母の名を耳にした途端、澪は感情を爆発させた。
「お母さんを、引き合いに出してばっかり……あんたの、あんたの気持ちはどうなのよぉ!! 仇は絶対取るって、言ってたじゃない! 自分も仇が憎いって……おんなじ気持ちだって、ずっと思ってたのに……全部私を慰めるための嘘だったの!?」
「……だとしたら、何だ?」
澪は絶句する。父を強く睨みつけ、顔を背け、そのまま振り返らずに家を飛び出して行く。
「澪姉! 待っ――でッ!?」
追いすがろうとする足の小指にクリティカルな衝撃が走った。痛みに転げ回る献慈を嘲笑うかのごとく、半開きの
「だ、大丈夫か!?」
「……っぐ……だぁいじょぉぶ……でぇす……」
献慈はやせ我慢をして起き上がった。こんなしょうもないことに〈ペインキル〉を無駄使いしたくはない。
「すまなかったね。見苦しいところを見せてしまって」
「いえ、俺こそ御子封じのこと今まで黙っていて申し訳ありませんでした」
「謝ることはない。おおかた澪に口止めでもされていたのだろう? ぎりぎりで打ち明ければ反対しづらいだろうと……浅はかだ」
「……気づいていたんですね」
「ああ。これでも人の親だからね」
「だがまぁ、ご覧のとおりだ。ケンカばかりだったというのも納得だろう?」
「やっぱり、原因は……」
「……ああ。美法は旅の途中、襲ってきた怪物を辛くも追い払った。娘を救ったんだ――自分の命と引き換えにね。美法ほどの猛者でさえそれが精一杯だったんだ。これ以上わたしや娘に一体何ができよう」
大曽根は、部屋の隅に伏せられた写真立てをそっと起こしてみせた。
澪とよく似たもっと年かさの、鋭い目をした女性が、こちらを勇気づけるように笑みを送っていた。
「でも澪姉は……忘れられない様子でした」
大曽根は深くため息をついてうつむく。
「美法を失ったのはわたしだってつらい。仇が憎いよ。だがそれ以上に、澪には平穏無事な人生を送ってほしいんだ。だってそうだろう? 誰より娘を愛する母親が、身を挺して守った命を、どうしてこのうえ危険に向かわせられる?」
悲痛なまでの想いを、親心を、この親不孝者が理解しているなどとはとても口にできない。
「お父さんの言っていることは……正しいです」
「……そうか」
「でも、その正しさは澪姉の気持ちを置き去りにしてしまうから……。上手くは言えないんですけど、このまま澪姉がお父さんの望むような人生を送ったとして、心はずっと前に進めないままなんじゃないかって、俺は思うんです」
「…………」
生意気で差し出がましい、自分を棚に上げての発言であるのを、献慈は自覚していた。
「それに、旅に出るのは仇討ちのためだって決まったわけじゃない。一度は叶わなかった御子封じを成し遂げることが、お母さんの供養になると考えただけかもしれない――これは完全に俺の勝手な想像ですけれど」
「なるほど……そうか。その考えはなかった」
確信があったわけではない。澪の心に寄り添いたい。ただそれだけだった。
献慈のその気持ちだけは大曽根にも伝わったらしい。
「献慈君、御子封じには君が付き添うんだね?」
「はい。許可さえ頂ければ」
大曽根は深く息をつき、再び口を開いた。
「やはり……賛成はできないな」
「そう……ですか」
「父親としては、だ。だが一人の男としては、君を応援したいという気持ちが
「……それじゃ……」
「だから……そうだね、君が行って、澪を連れ戻して来てくれないかな。わたしはどうにも意気地がない父親なものでね」
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