第20話 片想い
場所には心当たりがあった。
迷わず向かった泉のほとりに、
「あ~、もう! 何なの、あのわからず屋! 頭ごなしに決めつけて! ほんっとあったまくる! ……心配なのはわかるけど、でも! やっぱりムカツクぅ!」
澪はその辺で拾ったような棒切れを振り回しながら、ひたすら悪態をついていた。
「んっ、んー、あの……あのですねぇ……」
「遅いよ、献慈! 何してたの!?」
「(俺まで怒られるのか……)あー、実はお父さんと――」
「お父さん……ああ~っ、腹立つぅ! ちょっと献慈、相手してくんない!?」
言っていることが無茶苦茶だが、従わないのもまた面倒を招きそうだ。
「はいはい……これでいい?」
献慈は適当な棒切れを拾い上げ、
「〈
「危なっ!」
献慈はどうにか最小限の動きで刺突を撥ねのけた。柏木直伝〈
「おー。献慈もやるようになったねー」
「あのさぁ……まぁ、気晴らしなら少し付き合うのもいいかな」
殊のほか澪が楽しそうにしているのを受けて、献慈も覚悟を固めた。
打ち合うこと数合、実力差は歴然だ。
(わかってたけど……全く敵う気がしない!)
「これはどうかなー……〈
「くっ!」
打ちかかる刀尖が逆側へ回り込み小手を潰しにかかる。初動につられ動き出していた献慈は、強引に後退して躱すのがやっとだった。
「ふぅ……澪姉、もしかして柏木さんより強いんじゃ……」
「それはないかな。けど今ならわりといい勝負になるかも。私だってこの一月、
「へぇ、明子さんと……(……え? あの人、一体何者!?)」
問いただすのをためらううち、澪は得物を引っ込めた。
「ま、今日はこれくらいで勘弁してあげる。それより献慈、私に用があって来たんでしょ?」
「だからお父さんが――」
口にするや否や、澪が再び棒切れを構えだす。
「わーっ! あの、だからさ! 家で待ってるから、ちゃんと話し合ったほうがいいよって言いたかったんだ!」
「ふぅん……」澪は不満げに武器を置いた。「頼まれたから来たわけだ?」
「頼まれなくたって駆けつけるよ。俺が澪姉のこと放っておけるはずないし」
「…………!」
澪は急に目を丸くしたかと思うと、ぷいと背中を向けてしまった。
「澪姉?」
「……こ、来ないで!」
「あ、あのぅ……」
「お化粧が……汗で、崩れてるから……」
男目線だとそうは見えないが、そこは女子としてのこだわりがあるのだろうと納得することにした。
まではよかったのだが。
「献慈は…………むこうに恋人がいるんだよね?」
「は? はぁあああぁっ!? き、急にな、何言って……」
完全に虚を突かれた献慈の取り乱しようを、澪は背中越しにどの程度察知できたであろう。
「そんな気がしてた。『友だち』って言ってたけど、本当はそうなんでしょ? 『
その名を聞くに至って献慈は、説明を怠った己の不手際を悔やんだ。
「さっ、真田さんはっ! 正直言うとその、俺が……片想いしてた人、だよ」
「……片想い?」
「そうだよ。彼女は彼女でほかに好きな人いるし……友だちってのはちょっと紛らわしい言い方だったかもしれないけど」
「か、片想い……へ、へぇ~、そうなんだぁ……」
「そうだよ」
「そう、なんだ」
「……そうだよ」
「そっ……そうなんだ」
「そ…………うん。……というか、どうして突然そんな話を?」
不毛な応酬を経て、献慈はそもそもの疑問を投げかけた。
「どうしてって……献慈だって我慢してるだけで本当は今すぐにでも家族とか、真田さんに会いに帰りたいんじゃないのかなって思ったから。……違った?」
「……それは……」
「私ね、献慈が家に来てからずっと、外に出るきっかけが作れればって思ってたんだ」
「もしかして……旅に出るのって、俺のために……?」
そこで初めて澪は意を決したかのように振り返るのだった。
「私の、やり残しをきっちり成し遂げたいって気持ちは本当。でも、道すがら手がかりを探すぐらいのことはできるでしょ?」
「……難しいかもしれないよ? ユードナシアなんて誰も見たことがないんだし」
ひねくれた言い方だ。同情を引きたい気持ちがなかったかといえば嘘になる。
それ以上に、迷っていた。戸惑っていた。帰れない――否、帰らないという選択肢を想定している自分に。
「難しいのは私だってわかってる。でも正しい意見が必ずしもその人の心まで救ってくれるわけじゃないでしょ? 私は……献慈の、心に寄り添いたいの」
「心に……」
「なぁんて、お母さんからの受け売りなんだけどね」
「……そう……思った」
「あはは、そっかぁ……」
「俺も、同じ気持ちだから」
だから、小賢しい駆け引きはもうこれっきりだ。
「俺も澪姉の力になりたいんだ。だからまずは、御子封じを成し遂げよう」
「……うん」
「俺も帰る手がかりは探したい。だから澪姉の言うとおり合間を縫って調べながら行こう。あくまで御子封じ優先でね」
「うん……わかった」
「それにしても結構時間経っちゃったみたいだ。……お父さんとこ戻ろっか」
「献慈がそう言うなら仕方ないかー」
勿体ぶるように従う澪を横目に見守り、献慈は家まで続く道のりを歩き出す。
「大丈夫だって。俺も一緒にお父さん説得するからさ」
「その言い方だと……何か……」
「ん、何?」
「……何でもない」
「そう? ……あ、あと親子でちゃんと話し合うこと」
「はぁ……わかってますって」
「はは……何だか親子揃って素直じゃないな」
「うぅ……もう、献慈ってばお父さんと何話したの?」
「何って、そりゃあ――」
微笑み合うふたりの間を夕方の風が、深緑に染まった木々を揺らしながら吹き抜けていった。
(真田さん……今の俺にとっては、迷ったり悩んだりするぐらい大切なことなんだ)
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