第16話 魂を解き放つ

 村外れでの騒動を終えて。


「今日の詫びだ。ひと風呂奢ってやる」


 かしわに連れられ、けんがやって来たのは一軒の風呂屋だった。

 見上げた看板の文字には〝かがり〟とある。


(どっかで見たような…………あっ)


 家で使われていた手ぬぐいに同じ店名が刺繍されていた。


(この店の手ぬぐいだったのか……)

「どうした? 銭湯は初めてか?」

「(スーパー銭湯は……説明がめんどいな)初めてですね」

「そうか。おお曽根そね家には内風呂があるのだったな」


 午前中の店内は折からの雨も手伝いがらんとしていた。


「いらっしゃ……おや、どうしたんだい? ずぶ濡れになって」


 番台に鎮座した大柄な女性が出迎える。

 金髪翠眼、額の左右に生えた角と赤味がかった肌は、彼女がイムガイ人口の一割ほどを占める「鬼人族」であることを物語っていた。


 柏木は懐から銅銭を取り出し、番台に置く。


「大した理由じゃない。ほら、二人分だ」

「あいよ。相変わらずゴンちゃんは素っ気ないねぇ」


 店主の親しげな対応よりも、献慈には引っかかったものがある。


「ゴンちゃん?」

「オレの名だ。かしわごん左衛ざえもんじょう

「そ、そっすか……」

「それから、こいつはカガ――オレの昔なじみだ」


 紹介を受けた店主がおもむろに椅子を立った。


「うふふ……よろしくねぇ、坊や」


 立派なのは上背のみならず。これ見よがしにはだけた胸元がちょうど献慈の目線の高さと一致した。

 バレーボール二つ分。


「こ……こんにちは~」

「初々しいねぇ。お名前は……っと、よく見りゃ袖がボロボロじゃあないか。着替えを用意したげないと――お~い、あけちゃ~ん」


 カガ璃の呼び出しに応じ、店の奥から従業員らしき娘がのっそりと姿を現した。


「はいはい、らっしゃーせー」


 明るく染めた髪色、丈の短い着物を小粋に着崩したいでたちは、現代日本のファッションリーダーを献慈に想起させた。


(ぎ……ギャルが近づいて来た……!)

「ンな怖がんなくてもさ。取って食ったりしねーし」

「お前はそうかもしれんが……ともかく丁重に頼むぞ。お嬢さんから聞いているだろうが、こいつは大曽根家に居候している献慈だ」


 柏木が二人を引き合わせるが、明子を差し置いて声を上げたのはカガ璃である。


「なぁんだ、そうだったのかい。勿体ぶらないで先に言っとくれよ」


 一方で明子の眼差しは鋭さを増していた。


「アンタがみおん所の……」

「ど、どうも」

「ふーん……さとの話も当てになんねーな。そんなヒョロいんじゃ、ゴンにイジメられてんだろ?」

「若干圧が強めですけど、イジメというほど――」


 献慈が言い切らぬうちに、明子は柏木へと食ってかかる。


「やっぱイジメてんじゃねーか。サイテーだな」

「状況を鑑みて気を許すわけにはいかなかった。お前という前例もあるからな」

「は? あーしのせいにすんなし」


(仲悪いのかな、この二人……)


「こぉら、二人ともやめな。ケンちゃんが困ってるじゃあないか」

「……フン。気に障る言い方をしたな」

「まー、先に煽ったのはあーしのほうだし」


 カガ璃の一声で柏木・明子とも矛を収めるも、献慈が安心するには早かったようだ。


「さぁて、ケンちゃんはこういう場所は初めてなんだろう? ここは店主のアタシが責任持って、着替えから入浴まで手伝ってあげようかねぇ。手取り、足取り……」

「カ……カガ璃さん……?」


 献慈の頭上から、大きな影が舌なめずりをしながら覆い被さらんとしていた。

 救いの主は柏木であった。


「やれやれ……献慈、脱衣場は向こうだ。それともここで脱がされるか?」

「……向こうで脱ぎます」




 一面タイル張りの浴場が待ち構えていた。

 漂うレトロ感を除けば、さしたる驚きはない。献慈にとってはいっそ隣に立つ男のほうが引っかかる存在だ。


「……ん? どうした」

「いや、何というか……堂々としてるなー、と思って」


 手ぬぐいを首に掛け、筋骨隆々の裸身を余すところなく晒す柏木。

 片や比べるべくもない貧相な体つきの献慈。両手で持った手ぬぐいは、男体の中心部をしっかりガードしている。


「お前こそお淑やかなことだな。カガ璃が気に入るわけだ」

「……わかってて連れて来てません?」

「さあ? 何のことやら」

(やっぱ性格悪いな……この人)


 とぼける柏木の後ろに続き、献慈はとぼとぼと洗い場についた。石鹸を泡立て、リズミカルな歌に乗せゴシゴシと体を洗う。


「♪~ヘイッ! ヘイッ! ヘイッ アンッ キッル!!」

「なかなか勇ましい歌だな。何という音楽だ?」

「え、今の? ヘヴィメタルっていうんですけど」

「ほぅ。へびめた、というのか」


 柏木の口から悪意なしに放たれたであろう〝ヘビメタ〟――それこそはメタラーに対する最大の禁句にほかならなかった。


「違うよおぉ!! ヘヴィ! メタル! ヘッヴィー!! メットワォ!! だってば!」

「へ……へび、めたる……」

「そう! それは漢の中の漢の音楽ッ! 熱きアグレッションと様式美に彩られた空間で織り成すめくるめくスペクタクルの中に渦巻く龍虎相打つがごとき闘争のインテンスが生み出す激情の果てにあえて悪を標榜し己のスタンスを明確に打ち出しつつ揺るぎなき信念を貫き通すことにより抑圧された魂を解き放つ反逆の(中略)って感じに……あ、すいません。一方的に話しちゃって」

「……気にするな。しかし手合わせの時といい、お前がここまで感情をあらわにするとは意外だった。お嬢さんの隣でヘラヘラしているだけの腰抜けかと思っていたのだが」

「それは否定しません。けど……澪姉の前で落ち込んだ顔なんて見せられませんから」


 掛け湯を終え湯船へ向かう献慈を、柏木が呼び止める。


「……メタル、といったな」

「え? はい」

「お前の故郷くにで伝えられている音楽なのだな?」


 その問いかけが本題への前触れとなった。


「……全部話しますよ。今から」




  *  *  *




かしわ / カガ イメージ画像

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