マレビト来たりてヘヴィメタる!〈鋼鉄レトロモダン活劇〉

真野魚尾

序章 あやまち色の追憶

第1話 霹靂の騎手

 草の香りがする。どうやら芝生のような場所に横たわっているらしい。

 寝起きのせいか頭がはっきりとしない。


(俺……何してたんだっけ……?)


 まぶた越しの淡い光に誘われ、ゆっくりと目を開く。

 澄み切った青い空。

 たなびく白い雲。

 丸くて大きなお尻。


(し……り……? ……え、えぇえええぇ――――っ!?)


 まさに青天の霹靂。スカート穿きらしき臀部が顔面へとのしかかる。


「むぐぅ……っ!!」


 圧倒的な重厚感に反して快い弾力が、お日様にも似た温もりが、大地に抱かれているかのような安らぎが、一度に押し寄せる。


「Fa...!?」


 声を上げ飛び退いた霹靂の騎手を、こちらも身を起こして振り返る。


「すいませっ……ん!」


 すみれ色の行灯あんどんばかまを穿いた、年若い和装の女性であった。


「Sing...Erhese, yzzew hysomene...as!?」


 女性は支離滅裂な言葉でまくし立てるや、はっと顔を背ける。

 動転しているのはこちらも同じだが、ひとまずは弁解が必要だろう。


「俺はあやしい者じゃなくて……高校生なんですけど、入山いりやまけんって……」

「Re, rhelsha fejeme reri!?」


(困ったな、話が通じてな――)


 うなだれた瞬間、献慈は己の格好に仰天した。衣服をまったく身に着けていなかったのだ。


「こっ!? これは……自分も何が何だか、よく……」

「Hyumene! Dequo'e ki, kena kydessas-sene!」


 投げつけられた手ぬぐいを、献慈は申し訳なくも腰に巻いた。これで最低限、文明人としての面目は保たれたはずと思いたかった。


「ごめっ、ちょっ、頭が混乱してて……」

「Kim'mene obimerew-sha!」


 女性は眉を逆立て、木刀の先をこちらへ向ける。無理もない。むこうからすれば、献慈は変質者以外の何者でもないのだ。


「すいません! ごめんなさい! 誠に申し訳ございません!」


 激しき謝罪はヘッドバンギングのごとく。

 しかしその反作用により手ぬぐいの中身が前後に振り子運動を繰り返していることに献慈は気づいていなかった。


「Tii――MURI! ACCHI ITTE!」


 女性は耳まで真っ赤になり、ついには木刀を振り回し始めた。


「わかりました! もう行きます!」

「A...! CHIGAU, SOCCHI――じゃない……」


 追い立てられるまま走り去る献慈の背中に、怒号とはまた別の声音が浴びせられたように思えた。




 新緑まぶしい木々の間を、献慈は一目散にひた走る。


(ちょっと……走りすぎたか)


 勉強は苦手だが、運動は大の苦手だ。献慈は早々に足取りを緩めた。息も上がり、汗で眼鏡がずり落ちそうになる――と、鼻頭に寄せた指先が空を切る。


(……っと、そうだった)


 腰の手ぬぐい以外、何も身に着けていないのだから当然だ。裸眼でも視力が落ちていないのは、ここが現実ではないことの証左でもある。


(何て突拍子もない夢だ……いや、夢だから突拍子がないのか)


 夢には抑圧された願望が表れるともいう。そう考えると、献慈は途端に己の精神状態が心配になる。

 衝撃的な出会いはまだ記憶に新しい。


(乗られたり、見られたり……しかもあんな綺麗な女の人に……)


 艶やかな黒髪と鳶色とびいろの瞳。言葉は不可解ながら甘美な音声を発する薄紅色の唇。


 背格好はどうだろう。十六歳の男子としては平均的な献慈より、いくらか上背もあったように思う。

 その恵まれた体格を支える充実した下半身は――


(……! こ、これ以上の妄想は危険だ。さっさと先に進もう)


 程なくして足元は徐々に石混じりの地面へ移り変わる。

 走り通しの献慈をまるで待っていたかのように、緩やかに流れる川が涼しげな水音を響かせていた。


(水……意外と冷たいな)


 夢の中で臆する理由もないと、献慈は喉の渇きに従った。


 人心地ついて見上げた空模様は、真夏のそれとは少し様子が違っている。

 毎年、春の大型連休の後半はこんな陽気だったように思う。

 二ヵ月前といえば親友のあの男とも打ち解けてきた頃だ。


(…………。ほかにも思い出すべき人がいる気がするんだが――)


 急な寒気が献慈を襲う。水辺に長居したせいだろうか。


(――ん?)


 川上から流れてきた細長い物体を、献慈は何となしに取り上げる。


(……キュウリ? なぜこんなところに……)


「オイ! ソイツヲ寄越セ!」


 湿り気を帯びた怒声に、献慈は警戒しつつそちらを振り返る。


(う……嘘だろ……!?)


 緑色の肌、甲羅を背負い、頭頂部には皿状の外骨格を頂いた生物が、群れを成してやって来るではないか。

 総勢六体のカッパたちが、わらわらと献慈を取り囲む。


「ソノきゅうり、オレタチノダ! 勝手ニ盗ルンジャネー!」

「イヤ、元々オレタチ、村カラ盗ンダ物ダロ」

「カッパッパ! ソリャ違ェーネー」

「ソンナコトヨリ、オマエ! ナゼ裸ダ? アヤシイヤツメ!」

「何言ッテル。オレタチモ裸ジャネーカ」

「カッパッパ! コリャマタ一本取ラレタナ!」


(何か喋ってる……ってか、ちょっとリアルすぎてグロい!)


 身をすくませる惰弱な人間を前に、カッパたちが増長を始めるのは自然な流れだった。


「ソレヨリコイツ、弱ソウダゾ」

「ヒョロヒョロ、ガリガリ、ゼンゼン肉ツイテナイ」

「ソウダナ。胸ナンカぺったんこ――」


 水かきの付いた手が献慈の体に触れようとした矢先、


「お前もぺったんこにしてやろうかぁああァ――――ッ!!」


 天からの雄叫びが河原じゅうにこだました。




  *  *  *




けん イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16817330665852321595

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