第5話
1時間。
これが何を意味しているのか分からないが俺はとにかく待つことにした。
そういえば天舞音のやつ、この話したときめっちゃ恥ずかしそうだったな・・・
ふつう何かに熱中している時の1時間はあまりにも短いが、特に何もすることがない1時間はあまりにも長いものだ。
漫画でも読もうかとも思ったがとてもその気にはなれなかった。
さっきの天舞音の顔がとにかく真剣だったからだ。
ただただ過ぎてい行く時間。
俺は自分の心を落ち着かせるためにベッドの上で横になる。
何分横になっていたかはわからなかったが、わりとすぐに天舞音から彼女の部屋に来るようにというメッセージが届いた。
俺はすぐに天舞音の部屋に向かい、いつものようにノックをしてから入った。
そこは普段と何も変わらないようだったが、天舞音は俺を配信用の椅子に座るように言った。
一体何が始まるのかと思ったのだが、おもむろに天舞音がパソコンを触りだし、ある一本の動画を再生した。
それは俺の初配信の動画だった。
まだ声の大きさの調整も下手で音割れもよくしていた頃だ。
パソコンすら上手く使いこなせていなかった気もする。
そんな俺、いや影人闇の初々しい姿が映し出された。
「どうも~新人バーチャルライバーの影人闇かげびとやみです!!みんな今日からよろしく!!」
なんて雑な自己紹介だろう、そう思っていた矢先だった。
動画は急に切り替わり、俺のゲーム配信に切り替わる。
たまたまできた神業に俺が自画自賛していたときのものだ。
そして、また動画は切り替わる。
次は雑談配信だ・・・
これはほぼ誰も見ていなかったのに延々としゃべり続けていたシーンだった。
さらに、動画は切り替わっていく・・・・
この切り抜き動画は10分以上にも及ぶものだった。
一体誰が、こんなにも俺を見てくれているのだろう。
一体誰が、こんな俺のために切り抜きを作ったのだろう。
まさか・・・
そう思って俺が天舞音の方を見たとき、彼女はまだ続きがあると言わんばかりにPCのスクリーンを指さした。
最後の切り抜き動画が流れ終わったあと、その後に再生されたのは、天舞音の動画だった。
『お兄ちゃん、1時間も待たせてごめんね・・・けど、この気持ちを伝えるのにはこれが一番うってつけだと思ったのでこうします。』
『私、姫乃琴音がVtuberになろうとしたきっかけは、お兄ちゃんの、影人闇の配信を見たからです。
お兄ちゃんは配信中どんな時でもずっと元気で、明るくて、なにより面白かったです!確かにお兄ちゃんの設備は悪いし、立ち絵もカッコよくはないけど、誰よりもVtuberとしての活動にプライドを持っていると感じました。尊敬しています。
そして、お兄ちゃんは間違いなく、私の”最高のVtuber”です!!!』
俺は耳を疑った。
あの姫乃琴音の原点が俺だったことを、そして彼女は俺のことを本気で『最高のVtuber』と称していたことを。
「あ、天舞音・・・これって・・・」
「あれ?、もしかしてお兄ちゃん・・・聞いてなかったの?」
「い、いや、聞いてたけど・・・これってマジ?」
「うん・・・」
天舞音はコクリと頷いた。
「そこでさあ、お兄ちゃん、一つ提案があるんだけど?」
「な、なんでしょう?」
「私、姫乃琴音と手を組まない?」
「手を組むってどういう?」
「単純なことだよ!私とお兄ちゃんでVtuber界のトップを目指す。ただそれだけ!!」
Vtuber界のトップ・・・
「そんなことできるのか・・・」
「できるよ!だってお兄ちゃんも最初の目標だって『最高のVtuber』になることだったでしょ!!」
「な、なんでそれ知ってるの?」
「お兄ちゃん最初の配信で言ってたじゃん、今から流す?」
「いや、遠慮しとく・・・」
まさか天舞音のやつ、俺の過去の配信をすべて見たんじゃないだろうな・・・
「あ、言い忘れてたけど・・・私お兄ちゃんの過去の配信全部見てるから。昔お兄ちゃんが何言ってたか全部覚えてるよ!」
おいおい嘘だろ・・・妹に俺の過去配信を全部見られてるだなんて・・・・
「ところでお兄ちゃん、私と協力するの?」
もし俺が天舞音に協力してもらった場合、確かに俺はそこそこチャンネル登録者数を増やし、動画の視聴回数を増やすことができるかもしれない。
けど、それは俺の力じゃない。
そう、俺は自分自身の力で『最高のVtuber』になると決めたんだ。
他人の手は借りたくない。
「天舞音、悪いがお前と協力することはできない!俺は自力で『最高のVtuber』になるって決めてるんだ。」
そう言って俺ははっきりと自分の意志を天舞音に伝えた。
すると、突然天舞音はクスクスと笑い出した。
「いや~さすがお兄ちゃん、そう言うと思ったよ!」
「逆に協力してたらどうしてたんだ?」
「うーん、たぶん協力してなかったかな?」
まさか俺を試していたとは・・・
「そういえばさ、さっきからお兄ちゃんのチャンネルすごいことになってるよ!!」
「それは、どういう?」
そう言いながら俺は自分のチャンネルのホーム画面を見た。
登録者1128人!!!!
千人を超えている。
昨日まで50人ぐらいしかいなかったのに・・・
「さっきのマリカ配信の反響、結構大きかったでしょ?」
「そうだな・・・まさかこんなことになるなんて・・・てかこれってズルなんじゃないのか?」
「どうして?今回私は影人闇について一切触れてなかったよ。あと、こんなにもたくさんの人を引き付けたのも全部お兄ちゃんの力なんじゃないかな?」
天舞音は俺にさっきの配信のコメント欄を見せた。
たくさんのコメントの中に、俺に関することが書かれてある。
『影人闇って人、中盤から終盤にかけての追い上げヤバかったな!!』
『最初馬鹿にされてたけどちゃんと結果で見返す影人闇、カッコいい!!』
『一応影人闇のリンク貼っとく・・・」
などなど、ポジティブなコメントが大多数を占めていた。
「これでわかったでしょ、お兄ちゃんはすごいんだよ!!」
「そう言われるとそうかもしれないな・・・」
「けどお兄ちゃん、今の状況じゃどうしても限界があるでしょ、だから・・・Vtuber姫乃琴音じゃなくて大和川雄馬の妹、大和川天舞音と協力しない?」
「つまり、Vtuberとして天舞音は俺に関与しない?ってことなのか?」
「そういうこと!」
「な、なるほど・・・でもそれも・・・」
「ダメ?!」
そう言って天舞音は俺に上目遣いを始める。
あ、ヤバい。
断れない・・・
「わ、わかったよ・・・」
仕方なく俺は天舞音の言う通りにすることにした。
「じゃあ改めてよろしく!お兄ちゃん!!」
「ああ、これからもよろしく!!」
「・・・・・」
「どうした天舞音?」
何やら天舞音は不満そうな顔を浮かべていた。
「手・・・」
下の方に目をやるとそこには天舞音が俺に手を差し出していた。
握手しろ・・・ということなのだろう。
俺はその手を優しく握りしめた。
すると急に天舞音は手を放した。
「まだなにかあるのか?」
「な、なんでもない・・・・」
急に空気が気まずくなってしまった。
たぶんこんな状況では話も進まないだろう。
「じゃあ、俺そろそろ寝るから。くれぐれも夜更かしはするなよ!」
俺はそれだけ伝えて天舞音の部屋を後にした。
「はあ、握手ってこんなに恥ずかしいことだっけ?・・・お兄ちゃんに変に思われたらどうしよう・・・」
そう天舞音は自分の行動を嘆いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます