新入部員は心をこめたい。
いけぴ12
第0場
ここ数十年の科学技術の発展は人が目で追いきれないほど早く進歩しています。一昔前までは物珍しかった人工知能・AIも近年ではスマートスピーカーや家電など、人間の日常生活に身近な物にまで搭載されるようになりました。「温度下げて」と言えば、AIを搭載したエアコンは自動で室内温度を下げてくれる。そんな世の中になったのです。
こうした機械による【自動化】は今に始まったことではありません。十八世紀半ばから十九世紀にかけてイギリスで起こった産業革命はその例の一つではありますが、人間はそれ以前からも自動化してきたのです。
すぐ思い浮かぶことのできる身近な【自動化】から、簡単には想像できない、大きな【自動化】。人間はまるでそれが自分たちの使命であるかのように、物事を自動化してきました。
そうした今までの【自動化】が実を結び、いつか人間は僕のような【自動化】の化身のような存在を生んだのです。
……はい? 『僕』? ……失言でした、失礼しました。
……私のような【自動化】の化身のような存在を生んだのです。
案外長い歴史の持つ自動化。人間に【自動化】できないことなど、あるのでしょうか……。
♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎
「〜〜♪」
男が歌っている。恋愛ソングだろうか。若い男女の甘い恋愛を連想させる歌詞。それを彼は完全に音程を合わせて歌っている。カラオケで歌っていれば余裕で九十点以上、いや、百点を取れるだろう。
しかし、男の側にいた白衣の女は気に入らないかのように渋い顔をする。
「それ恋愛ソング? 選曲センスはともかく、ちょっとは心をこめたらどうなの? そんなんじゃ、初音ミクが歌うのを聞いてた方が良いよ」
「……分かりました」
女の言葉に彼は悲しそうに返事し、歌うのをやめた。
「あんたがどうして歌っているのかはおおよそ考えつくけど、他にないわけ?」
「……」
彼は黙って本棚に向かった。その歩き姿は少しぎこちなく、客観視違和感がある。
本棚から一冊の本を取り出すと、それをペラペラとページを見送る。最後のページまで行くと彼は本を閉じ、元あった場所に戻した。そして隣の本を取り出し、さっきと同様ページをペラペラと見送っていく。
それを見ていた女は深くため息をつき、彼から本を取り上げた。
「あ……」
「こんな本。何度読んだって意味ないよ。もっと、今までやったことのない事をしてみたらどう?」
「……」
男は考えるポーズを見せた。壁掛け時計の秒針の音だけが鳴る中、しばらくその状態が続いたが、答えが出ないことに呆れた女が彼に助言をする。
「どうしても知りたいのなら、学校に通ってみたら? あなたの見た目だと高校。そこなら何かしら分かるでしょ」
『学校』と言う、今まで女の口から発せられることがなかった言葉に、彼は興味を持った。
彼は『学校』という存在を小説やインターネットを通じて知ってはいるが、現物を見たことがない。通ったこともない。
学校は子どもが教養を学び、他の人間と触れ合うことで社会性を身につける場所。彼はそう認識している。
『学校では自分の目的が達せられることはない』
それが彼の考えだった。それを見越してか女が言う。
「あなた私以外と話したことないんだから、外の世界に出て少しは人と話してきなさい。そうすれば分かるはずよ」
人との会話、コミュニケーションは心を育む。色んな人と会い、会話のできる学校は実は彼にとってこれ以上場所だったのだ。
「お願いします。学校に通わせてください」
「分かった。手配しておくよ」
女は安堵したかのようにため息をつくと、あるところに電話をかけた。
これが彼、神生蒼が学校に通い始めるきっかけとなった。
♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎
また今日も誰と話すことなく授業が終わってしまった……
私の名前は神生蒼。現在高校二年生として学校に通っています。ある目的のために。
私は今、大きな問題に直面していました。そう、誰とも会話出来ていないことです。私の目的遂行のためのは人とのコミュニケーションが必須です。ですが、私がこのクラスの方々と会話したのは編入初日くらいでした。いえ、話しかけられることはあっても返事して終わり、それ以降話しかけることがなかったのでそれを『会話』としていいのか分かりません。
私はこのまま、目標を達することなく終わってしまうのか。そう思っていたとき、思いついたのです。
クラスがダメなら部活動はどうか。
何の部活に入るのか、もう決めてあるのです。張り紙を見て即決定でした。
この部であれば、ほぼ確実に目標を達せられる。そう考えたのです。
もう入部届も記入しました。あとは顧問の佐藤先生に提出するだけです。
私は帰りの挨拶の後すぐ職員室に向かいました。
今でこそ私は迷うことなく、ほぼ最短距離で転ばずに学校中を移動できますが編入当初はそう上手くは行きませんでした。
自分が思っている以上に不慣れな環境というものは強敵で、階段では転び、校内なのに迷うことが多々ありました。ですが学習することによってそれを克服しました。
こう外に触れられただけでも学校に通った成果だと考えられますが、それではダメなのです。
あくまで学校に通っているのは目的のためであり、それ以外はあくまで副産物なのです。
「へ〜……優秀な君が」
「はい」
先生に入部届を出すと、彼はこちらを少し怪しむような目でこちらを見てきます。
私が入部しようとしているのは演劇部。現在部員三名の廃部寸前の部活動でした。これでも数年前までは大人数で、地区大会などでも優勝。全国大会に出場を果たすなどの栄光がありましたが、時代の波か、ここ二、三年で人数は大幅に減少。そして今年新入生から入部する人がいないために二年生三人となったようです。
「ま、ウチは人数少ないし。入ってくれる分にはかまわないよ。稽古場……三階の一番東側にある部屋で練習しているから早速行ってみると良いよ」
「了解しました」
こうして私は、演劇部の活動する稽古場へと向かったのです。
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