粉人形

1

 階段をゆっくりと登っていく、この先の結果が恐ろしく、時間を無駄にすれば、何か奇跡が起こると信じたいからだ。無意味な事だ、時間を無駄にしても、時は止まらない。止まるのは、自分の精神的な成長ぐらいなもので、肉体も他人も、運命だって止まらない。

 やがて階段を登り終わると、群衆が見えて来た。質の良い衣服を身に纏う群衆は、僕を見上げているが、心の中では見下げているだろう。いや、案外なんとも思っていないかもしれない。彼等にとって、これは一種のショーに過ぎず、目の前の罪人の罪など何の関心も無く、ただ単純に、健全娯楽の精神で此処にいるのだから。

 この台の下では、ハイエナ共が(医学の卵というべきか)僕という材料を手にする為、殴り合いの乱闘が起きていた。そこには、僕の家族の姿も見える。

 僕の右隣りにいる警官が群衆へ捲し立てる。多分、罪状を述べているのだろう。その男の言葉が頭に入らない。警官の反対側、僕の左には、若い青年が処刑用のレバーに手を掛けていた。酷い顔色だ。まぁ無理も無いだろう。罪人とは言え、一人の人間を手に掛けるのだから。「何か言い残す事はあるか。」警官の最後の言葉が偶然にも聞き取れた。最後の言葉など考えてもいなかったがふと、浮かんだ言葉があった。考える間も無く漏らす様に「滑稽だ。」と言う、気付かぬ内に僕は微笑んでいた。その後、レバーを引く音が聞こえた。

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