第7話 目覚め
目が覚めた時、俺は廃校の中にいた。全身が痛い。昨日、頭から袋をかぶせられて俺はその後のことを全く覚えていない。失神してしまったからだ。頭の後ろにある窓から光が降り注いでいて、俺は助かったとわかった。朝になると物の怪は消えて行くと相場は決まっている。歓喜に震えた。しかし、あの2人の親子の姿はなかった。さらわれたんだろうか。
俺は埃っぽい床に寝転がっていたようで、体中に汚れが付着していた。しかも、失禁して股間が冷たくなっていた。俺は情けなくなって、起き上がってみたが、そばにカバンが投げ捨てられていた。ファブリックだから、埃が付いてすっかり白っぽくなっていた。最初から水とカメラしか入っていないけど、カバン自体がブランド物なのでショックだった。あ、そうだ。スマホ・・・俺のiPhone8が・・・。
ポケットに手を入れたが入っていない。辺りを見回しても、カバンの中を見てもなかった。そうだ・・・財布。俺は最近はミニ財布を使っていて、札とパスも、クレカしか持っていない。
財布を開けてみると、札入れの部分がきれいになくなっていた。あるのはレシートだけだった。3万入っていたと思う。大体いつもその位入れておく。50代はけっこう現金を持っているものだ・・・。俺くらいの世代が、おやじ狩りに会いやすいのもわかる。
ズボンに失禁してるから臭いし、どうやって帰ろうかなと途方に暮れた。パスモがあるから、電車で帰れるか・・・しかも、自分はどこにいるんだろう。
俺は立ち上がって、取り敢えず建物の外に出てみた。周囲は深い緑の山々に囲まれていた。いつの間にこんなド田舎にきたんだろうか。静かで誰も歩いていない。
俺はそのまま道を歩いた。誰かに出くわしたら、今どこにいるか聞いてみようと思っていた。しかし、誰にも会わない。どうしよう・・・まさか、ホラー映画のサイレントヒルみたいな世界だったらどうしよう。そう思っていると、向こうからランドセルを持った女の子が1人歩いて来た。黄色い帽子をかぶっている。1年生かもしれない。
「あの・・・ごめんね。駅ってどっちかわかるかな?」
俺はその子に尋ねた。
「わかんない」
「今から学校?」
「うん」
「学校、近いの?」
「うん」
「電話借りたいからついて行っていい?」
「いいよ」
「ありがとう。怪しい者じゃないからね」
俺は女の子と学校へ向かうことにした。手にピアニカと習字バッグを持っているから、代わりに持ってあげた。すごくおしゃべりな子で、俺も楽しかった。
「学校でドッジボールをやってるんだよ。ゆきちゃんは、いっつも最後まで残るの」
「すごいね」
「うん。足に飛んで来たら、こっちの足をぱっと上げてよけるの」
「へえ。すごいなぁ」
「簡単だよ」
女の子と喋っていると、見覚えのある校門が見えて来た。
あれ・・・昨日の校門だ!
廃校じゃないんだ。
教室の中は片付いていて、机は何もなかったのに。
子どもたちが次々に集まって来た。
「ゆきちゃん、おはよう!」
黄色い帽子をかぶった子たちが次々に声を掛けて来る。
みんな俺のことをジロジロ見ている。見たことない大人に興味を惹かれているようだ。
俺は校門に立っている先生に声を掛けた。もちろん、学校で失禁したなんて言えるわけがないが。
「すみません。道に迷ってしまって。ここはどこでしょうか」
「え?ここは、〇〇町ですよ」
「東京の〇〇市ですか?」
「いやいや。ここは秩父ですよ」
秩父というのははっきり言って山奥だ。俺はいつのまにそんなところに連れて来られたんだろう。
それに・・・今は8月じゃないか?
学校は夏休みじゃないか?
「今日は何日ですか?」
「え?8月24日ですよ」
「8月24日!?」
「俺がツアーに参加したのは8月20日だったのに・・・」
いつの間に4日経っていた。
どうしよう・・・会社を無断欠勤しているのか!
「すみません。電話をお借りできませんか?」
「・・・お困りでしたら・・・僕の携帯どうぞ」
その人は携帯を貸してくれた。
「かけ放題なんで、国内でしたらかけていいですよ」
「ネット検索もしていいですか?ちょっと会社に電話していので・・・」
「ええ」
俺はドキドキしながら、会社に電話を掛けた。
「江田さん!コロナ大丈夫ですか?」
電話に出た人がそう言った。
「え?」
「コロナなんですよね?」
あれ、誰かがコロナのふりをしてくれたんだろうか。
「あ、え?まあ・・・かなりよくなったから、そろそろ仕事行こうと思ってるんだけど」
「そうなんですかぁ。じゃあ、どなたかに変わりましょうか?」
「じゃあ、副部長に」
きっと家族がコロナだと嘘をついてくれたんだ。いや、そんなはずないだろう。捜索願を出すのが普通だ。俺は副部長と話したが、開口一番が、コロナ大丈夫ですかというものだった。
「俺がコロナだってどこから連絡があったんですか?」
「ご家族から・・・入院しますって言われて。コロナだから本人が電話出れないって言われて」
「あ、そうなんだ」
俺は一体どこにいたんだろう。全くわからない。
あのバス会社は本当に実在するんだろうか・・・。
次に俺には息子がいるんだ。俺はシングルファザーで、どうしてるんだろうか。
「すみません。今すぐ家に帰りたいのですが、お金をお借りできませんか?スマホと現金を盗まれてしまって。必ず利子をつけてお返ししますから。私は〇〇〇と言う会社に勤めてて、役職も〇〇部長で、私が返さないことがあったら、会社にご連絡いただいてもいいですから」
その人は親切に2万円貸してくれた。
「学校宛てに送ってください。現金書留で・・・」
「わかりました」
俺は何度も頭を下げてお礼を言った。
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