7 二人で

「エミリオ様――」


 その日の終業後、私は意を決してエミリオ様に話しかけた。


「なに? ……やっと話す気になってくれた?」

「あ……」

「気づいてたよ。アイリーンが何か悩んでいたことは。いつか話してくれるって思って待ってた」

「それは……ありがとうございます」


 エミリオ様はずるい。いつも私を安心させて包み込むような優しさをくれる。だからこの人の隣にずっといたいと思ってしまうのだ。


――けれど。今日こそ全部話すと決めたんだから!


「私、実は前世の記憶があるんです」

 

 唐突に突飛とっぴなことを話し始めたのに、エミリオ様は少しも動じず、真剣に私の言葉を聞いてくれた。

 だから、私はこれまでのことと、前世の記憶について覚えている限りのことを話した。


「……だから私にはこの世界には存在しない化粧品の知識がありましたし、それがあったのでエミリオ様にも興味を持っていただけたのだと思っています」


 ずっと聞いてみたかったのだ。

 エミリオ様が私に好意を抱いてくれていることは感じているけれど、それは「前世の記憶を持つ私」に対して。未知の技術を知る私に対して知的好奇心を抱いているにすぎないのではないか――と。


「最初はそうだったかもしれないね。でも、一つだけアイリーンの想像と違うのは、僕が最初から『きみが前世の記憶を持っている』事実を知っていたってことだ」

 

 それを聞いて驚く私に、エミリオ様は続けた。


「ラヴィーにはまだ話していないが、僕たちの母は「未来視」ができるんだ。簡単に言えば「絶対にはずれない予言」のようなものだと思ってほしい」


――絶対にはずれない予言。


 私は心の中で復唱した。

 それは、あまり知られてはいけないことのように思う。


――私のような人間が聞いていい情報なのだろうか……いや、もう聞いてしまったのだけど! 選択肢もなくさらっと聞いてしまったんですけどー!


 私は衝撃の事実に、それを知ってしまった事実に、冷や汗をかきながら混乱していた。

 一方のエミリオ様は冷静に続ける。

 

「アイリーンがラヴィーと出会ったあの日、ラヴィーが街に出て『ある人』と出会うことがきっかけで、この王国に安寧あんねいが訪れるという未来がえたそうだ。僕たちはただ待っていればいい、己の信じるままに行動すればいいと言われて――」


 ただ、ラヴィーちゃんはそのことを伝えると反発する危険性があったから、運命に逆らうことがないよう、秘密にしていたのだという。


「絶賛反抗期中だったラヴィーが変に反発して運命が変わってしまったら困るからね」

「国の安寧が――」

「そうだね」


 私、えらいことに関わってしまった。

 つまりは私がこちらの世界で生まれ変わったのも、今までのことも、全部定められた運命だったということなのか――。


――まるで私がこの国の命運を握ってるみたいな……。好きに生きてるだけなのに……。そんな大きな責任取れないよーー!

 

 話が大きすぎる。手に余るので、国の命運についてはもう考えないことにする。今日は、ずっと考えて考えて水面下で動いていたについても話してしまおうと決めていたのだから。

 混乱しながらもなんとか考えをまとめた私は、エミリオ様に切り出した。


「私、これまでのお給料を全部貯めていたので、それを元手に独立しようと思うんです」


 これは最初からずっと考えていたこと。

 だからお給料も全部使わずにとっておいたのだ。

 

 『ヴィタリーサ』は貴族がメイン顧客なので大幅に利益も出て順調だし、私だけでなくラヴィーちゃんもビューティーアドバイザーとして認知されるようになった。

 でも、私たちはビューティーアドバイザーであってメイクアップアーティストではない。

 

 今や私たちが技術を伝授した侍女たちがきちんと技術と知識を身につけ始め、一人ひとりが仕える貴族令嬢・夫人専属のビューティーアドバイザーのようになっている。

 

 もう私が伝えなければならないことはなさそうだし、今はラヴィーちゃんもいる。だから、貴族相手の商売に私はもう必要ないのではないかと思い始めたのだ。


 現に、白粉おしろいに有害な成分が含まれていると分かっても、平民は高価すぎるヴィタリーサの商品には手が届かないから、品質のよくない化粧品を選択の余地なく使っている状況だ。

 私は貴族女性だけでなく、平民の女性にも自分で選んだ化粧品を使ってほしかった。

 

 だから、エミリオ様の持つ化粧品製作のレシピを買い取るか、特許料のようなものを一定額払うことによって使用させてもらおうと思っていた。

 それを使って工場などで量産できる体制を作ることができれば、エミリオ様の神力の効果はないものの、かなり高品質な化粧品を安価に提供することが可能になる。

 

 これを実現するために技術の提供をお願いできないか――そうお願いしようと思っていたその時、エミリオ様はたまらなくなったように口を開いた。

 

「アイリーン、僕と店をやるのは嫌?」

「え……どうしてですか? 嫌なはずありません! むしろ、いつまでもエミリオ様と一緒に働いていたかったから、なかなか言い出せなかったので……」

「じゃあ、一緒にやればいいだけのことだ」

「でも、ヴィタリーサにはもう私の存在は必要とされていません」

「そんなことはないよ? でも、僕が言いたいのはそういうことじゃない」

「……?」

「新しい店、開くんだろう?」

「はい。できればそうしたくて……」

「手伝う。また二人で始めればいい」

「二人で」

「うん。僕とアイリーンで」


 次の店は一人で開くものと思っていた。

 だから、そう言ってもらえてとても嬉しくて、すぐにでも頷きたくなったけれど……今度は今までと違って平民相手の商売になるので考え直す。

 

 王族であるエミリオ様を付き合わせていいものか疑問だったから。

 

 ……けれど、そんな迷いは次のエミリオ様の言葉の前に砕け散ることになる。


「僕はきみと店をやりたいんだ。きみがいないのなら、そもそも店をやる意味がない」


――そうか。私がいないとエミリオ様はお店を開く意味がないのか。そうかそうか。ふふ。


 私は、嬉しくて顔がニヤけてしまっていることを自覚しながら言った。


――もう、ここまで言われたら仕方ないよね? 私は私の好きなように生きる。それがどういう結果に繋がったとしても、エミリオ様と一緒なら乗り越えていける気がするもの!

 

「じゃあまた、二人で新しく始めましょう! 全ての女性を笑顔にするために――!」


 明日からも、あなたと二人で――

 


 了

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転生伯爵令嬢はぬりかべを破壊する 葵 遥菜 @HAROI

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