君の為に
西山鷹志
第1話 プロローグ 親友を死なせた苦しみ
『君の為に』
序章
この物語は昭和から平成に変って間もなくの頃、北陸は金沢で大学生が空手の稽古中に誤って親友を死なせてしまい、一九才の少年は苦しみ大学を中退し岩手県にある名勝、浄土ヶ浜近くのお寺へ精神修行する所から始まる。その寺の住職は合気道の達人で大勢の門下生に教えていた。その一人娘の女子大学生も幼い頃から合気道を学び有段者であったが両親が何者かに殺された。その犯人を追って、青年となった男の力を借り犯人を追って岩手-東京-シンガポール-岩手へと修行から合わせて八年間にも及ぶ過酷な戦いと共に芽生えた愛と復讐の物語である。
プロローグ
田園が延々と続くのどかな風景の中をローカル列車が走って行く。列車が次の停車駅手前でスピードを緩めて、やがて停まった。
ここは何処なのだろう? 今なぜ、此処に居るのだろうか。
列車が停まる音で目が覚めた。まだ意識が眠気で朦朧としている。
なにげなく車窓から見える外の景色を見た。窓の外には土手があり川が流れている。
白いユニフォームを着た学生らしき者達が土手をジョギングしている。
どうやら野球部のようだ。その後から自転車に乗り追いかけている女子生徒。きっとマネージャーなのだろうか。自分にもそんな時代が、あった記憶がある。いま思うと一番楽しかった頃かな。当時の北陸を走る列車の大部分は電車ではなくディーゼルエンジンを使う。別名ディーゼルカーと呼ばれていた。
列車はまた静かに動き始めた。やがて列車は彼らに追いついて、追い越して、そして彼らは、どんどん小さくなり見えなくなってしまった。まるで自分の過去が消え去るように。
「高校時代か……」と呟く。通り過ぎた過去を置き去りにしたままの心。……
時は昭和から平成に変って間もない頃だった。大学をスポーツ特別推薦適用で無事に入学を果たせた。順風満帆で未来は明るかった。それは高校時代に空手のインターハイで優勝が評価されたからだ。その原田も同じだ。高校時代からのライバルで大の親友だった。最高の青春と充実した日々、何も恐れる物はなかった筈なのに。しかし人生は常に良い日ばかりとは限らないようだ。
そしてあの日、忽然と、その事故が訪れようとは夢にも思わなかった。
脳裏に浮かぶのは、あの惨劇が起きた体育館だ。はっきりと思い出せる。
「よう堀内、調子はどうだ。いよいよ全国大会だな。もうこの日をどれだけ待っていたか。勝ち抜いてやるぞ! 負けないからな張り切っていこうぜ。もうすぐだ」
そうだ。あいつは、あの日そんな風に堀内に声を掛けて来た。
あいつは大学二年生ながら、堀内と一緒に出場メンバーに入っていた。
暑い日も寒い日も一緒に練習をして、頭から水道の水を被ったこともあった。
そんな彼等の様子を、いつも楽しそうに見ている早紀が呆れた顔して笑っていた。
あいつには早紀という名の彼女がいたんだ。よほど原田のことが好きらしい。
堀内は羨ましくもあり、だが今は彼女より空手が強くなりたい方が、勝っていたのかも知れない。人には良く言われた。お前は奥手じゃないかと。
あの日が頭の中に鮮明に映し出される。ビデオテープが再生されるように何度も。
あれは生まれ育った金沢の大学で空手部がよく使う体育館だった。
堀内は今朝から、なんとなく嫌な空気が感じられていた。それが予兆だったとは……。
いつも通り体育館で空手の稽古をした。
相手の原田徹は今日に限って何故か気合が入り過ぎるような感じがした。
「リャアー」原田の鋭い正拳突きだ。確か上達している。
全国大学空手道選手権も近いことから、お互いに気合が入っていた。
今度は原田の上段突きが鋭く唸る。シュッーと空気の裂けるような音がする。
堀内はステップバックして交わしながら右回し蹴りを放った。原田の脇腹を狙ったのだが。
その時だ! 原田は床に落ちた汗で滑ってしまった。体制が崩れて運が悪く俺の放った回し蹴りが原田の顔面の少し横を直撃してしまった。
ミシッ! いやな音が微かに感じられた。(アッ)と堀内は叫んだが遅かった。
原田がもんどり打って倒れた。みるみる顔が青ざめて目が虚ろになって行く。
「オイ! 原田? 大丈夫かぁしっかりしろ」
堀内はすぐ彼を支えたが、だが原田は弱々しく力が抜けて行き意識を失った。
「だっ誰か! 救急車を呼んでくれ!」
他の部員たちも見ていた。誰かが電話してくれたらしい。サイレンの音が聞こえてくる。
やがて原田は救急車で運ばれた。どうしてこんな事に……俺は自問自答した。
堀内も救急車に乗って原田と病院に入った。すぐに緊急治療室に運ばれ手術が行われた。それから原田の両親や学校関係者の人達が、病院の待合室に集まって来た。
堀内も気が動転していて警察関係、原田の両親、学校関係の人達に何度も事情を説明したが勿論、体育館に居た同僚達もその状況は目撃していて成り行きを説明していた。
つづく
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