09.予兆 1

 ナートが封印されていた頃のように、毎朝の仕事と食事を済ますと、リアノスはムカガの家に向かうようになっていた。

 リアノスが訪ねると、既に先客がいることもあった。彼らの目的はもちろん、ナートだ。

 人々が来るのを見越して、ナートは家の近くにある切り株に腰掛けていた。

「なんでそんなところに?」

「家の中にいたら、誰かが来る度にウルスタとムカガはお茶の用意をしないといけない。それは大変だから、ここにいるのさ。来る方も手っ取り早くて助かるだろう?」

「ずっといたら、疲れるんじゃないのか」

 切り株は、お世辞にも座り心地がいいとはいえない。

「外の空気が吸えるし、神殿のあの椅子に比べたら、全然いいよ」

 確かに、最奥の部屋にあって、封印役が眠りについていた椅子は石造りで硬く、ひんやりとしていた。

 外の光が一筋も入らないあの場所で、ナートは長い間、ただひたすらに人々の願いを叶え続けていたのだろう。

「それより、リアノスこそ疲れるんじゃないのか? ずっと僕のそばにいて」

 何かあったらいけないからと、ムカガに頼まれたためもあって、リアノスは切り株に座るナートの近くにいた。立っていたり、地面に座り込んだり、少し近くを歩き回ったりしている。

「アミシャのそばにいればいいのに」

「……俺は守人だからな」

 一時休んでいた役目を再開したのだ。とはいえ、アミシャとナートが眠っていた時に比べれば、役目に費やす時間は長くなっている。

「だからといって、ずっと付きっきりじゃなくても。ティサの人に、リアノスは暇人なのかと思われるんじゃないの?」

「……」

 ナートに願いを叶えてもらいたい者は、毎日のようにやって来る。そして、ナートのそばにいるリアノスを見て、少し気まずそうな顔をするのだ。願いを聞かれては困る、と思うのだろう。中には、引き返しす者もいる。もっとも、日を改めて来ても、再びリアノスを見つけるだけなのだが。

 リアノスとて、人が内に秘めている願いを聞くのは気まずい。だから、誰かがやって来れば、声が届かない距離を取ることにしていた。

「……しばらくすれば、訪れる人もいなくなるはずだ。叶えられる願い事は、一人一つだけなんだろう」

「うん。でも、何人来たか、僕は数えていないよ」

 リアノスも正確に数えてはいないが、訪れるのは日に十人前後といったところだ。ティサ全体に何人いるか、リアノスは正確な数を把握していないが、ムカガによると三百人ほどという。

 ココリの実がなったのは九日前だ。あとひと月もすれば、願いを抱えている者はそのほとんどが訪れるだろう。そうすれば、今まで通りの生活に戻れる。リアノスも、ナートも。

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