僕も“家族”だよ。

390nuts

第1話

 外の音を聞くことが好きだ。コツコツと響く足音。楽しそうな笑い声。時には車も走っていく。そして、親子の優しい会話。

 僕も、外で思いっきり遊びたい。でも、それは叶わない。なぜなら、僕だと、このドアの鍵を開けられないから。

 

 お母さんは、僕をこの部屋に入れた。何も言わずに鍵を閉めたお母さん。最初は何が起きたのか、よくわからなかった。でも、そのドアがずっと開かれないから、僕は不安になってきた。

 なんとなくわかっていた。僕がどうしてひとりぼっちにされたのか。僕のごはんの量はだんだん減っていた。僕を見て、笑ってくれることもなくなった。なにより悲しかったのは、僕の目を、見てくれなくなったこと。

 でも、どうして僕が嫌われるようになったのかは、わからない。僕、何か悪いことしたのかな?


 「お母さん、開けて!ここから出して!」

 僕は叫んだ。怖かった。

 「うるさい。もう疲れたの。あんたが、私の思ってたような子と違ったの。とにかく黙ってて。」

 今まで聞いたことがないような、お母さんの低い声が聞こえた。

 ずっと前にも、叱られたことはあった。

 「お兄ちゃんの分まで、ごはんを食べようとしたらダメでしょ。」とか、

 「夜はそんなに騒がしくしないで。」とか。

でも、僕がそれをやめると、いつもお母さんは褒めてくれた。

 「そうよ。えらいね。」と。

しかし、今回は何をなおしたらいいのか、わからなかった。


 それからは、たまにドアが開かれ、ごはんと水は置いてくれた。そのたびに僕は精一杯、ここから出してほしいと訴えた。しかし、すぐにドアは閉められた。出ようとしたこともあったけれど、捕まって、引きずり戻されてしまった。お母さんの目は暗く、僕を見ているようで、見ていなかった。


 今日でこの部屋に閉じ込められてから、どれくらい経ったのだろう。また、暑くなってきた。この時間がとても辛い。日が当たらないように、部屋の隅でうずくまる。

 今日のような夏の暑い日でも、あの時は楽しかったのに。僕が今よりもう少し小さかった頃、お兄ちゃんは僕とたくさん遊んでくれた。まぶしい太陽の光の中、青々とした原っぱを、二人で走り回った。笑い声が青空に響いた。お母さんはそのそばで、微笑んでいた。僕は、暑さなんて気にならなかった。

 今は暑さが痛い。あんなに優しかったお兄ちゃんは、だんだん変わっていった。小さな、薄っぺらい板を見るほうが、僕と遊ぶよりも楽しくなったみたいだった。


 しばらく昔のことを思い出していると、お母さんの家に帰ってくる音が、聞こえてきた。

 「暑いよ。出して!」

 僕はまた叫んだ。どんなに叫んでも、お母さんはこの部屋を素通りしていく。毎日のことだ。

 しかし今日は違った。なんと、ドアが開かれ、お母さんが手招きしたのだ。これって、外に出ていいってことだよね。僕はやっとこの部屋から出られるみたいだ。久しぶりに外に出られた僕は、嬉しくて、飛び跳ねた。


 お母さんは、僕を車に乗せてくれた。どこに行くのだろう。ワクワクしながら想像する。この、車という物で、楽しいところに行けることを僕は知っている。


 どこかに着いたみたいだ。急ブレーキで、僕の体は前のめりになる。車を降りたら、お母さんのあとを追いかける。ここはどこだろう。初めて見る場所。大きい建物。建物の中に入り、お母さんは誰かと話した。


 そして‥お母さんは僕を置いていってしまった。一度も僕の方を振り返らずに。

 「なんで僕を置いていくの?僕、何か悪いことしたの?たくさん考えたけど、僕わからないよ!」

 大声で泣き叫んだけれど、お母さんは戻ってこなかった。


 僕はまた、部屋に閉じ込められることになった。固くて、冷たい部屋。でも、前の部屋と状況は違った。ごはんは毎日食べられる。さらに、なんとひとりぼっちではなかったのだ。この部屋にはたくさんの仲間がいた。

 僕と同じくらい小さい子もいれば、おじいちゃん、おばあちゃんもいた。足に怪我をしているけれど、元気そうな大人もいた。みんな、ここを出て、やりたいことがあるみたい。いろんなお話を聞いて、僕は元気をもらった。

 なぜここに、こんなにたくさん集まっているのか、考えてみた。みんな、一緒に住んでいた人から、「いらない」と言われたらしい。ここは、命のごみ捨て場みたいなものなのかな。でも、みんな、生きる希望を持っていることが、僕には伝わってきた。いらない命なんて、無いのにな。


 部屋のみんなと仲良くなってしばらく経ったある日、突然扉が開かれた。扉が開くとそこには、道があった。「やったー」と言って走り出す子もいれば、「どこにつながる道だろう」と、不思議がる大人もいた。僕は、これから僕がどうなるのか、わかる気がした。“ゴミ”となった僕たちの行方。僕は、最後の最後まで、お母さんやお兄ちゃんが迎えに来てくれることを待っていた。笑顔で、また僕の目を見てくれることを待っていた。でも、この願いは通じなかった。どんなに強く願っても。


 せめて、もうこれ以上、“命のゴミ”は出ませんようにと願った。この願いだけでも届いてほしい。


 そしてついに、僕のたった一つの、“家族”だった証―首輪がはずされた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕も“家族”だよ。 390nuts @390nuts

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ