ベルリン悪魔の詩

@goodbyeAsay

小さな奴ほど高いところに行きたがる。

1953/01/27


車をワルシャワ辺りまで走らせたところであっただろうか。沈黙が支配していた車内の中であったからであろう。街並みの中ではかき消されるような音量の声が車内に飽和した。

「ゲルマニアも大したことはなかったわ。」と心底残念そうに言うと女は、窓の外の灰を被った大地と似た色の髪をかきあげた。その父親は気まずそうにこちらの顔色を伺っている。親子の隣に座る将校、つまり私は「気にするな。」とだけ返した。というのも私が軍には入ったのはこの情勢における軍隊の安定した部分に惹かれたからであって新帝国に対しての愛国心などさらさらなかったためである。「プライドのためにエッフェル塔をへし折ったドイツの男にあるまじき寛容さね。」と女の赤い唇は皮肉っぽく上がった。それに間髪入れず隣に座るもう1人の制服を着た男は、既に車窓から漏れる冷たい風で既に赤らんでいた頬を更に赤くし、「黙れ劣等人種の女!生かしてやっているだけありがたいと思え!」と叫ぶ。やれやれこの男は仕事できるが些か煽り耐性が低すぎるのが本当に玉に瑕だな。ローラント中尉を窘めると私は窓の外に視線を移す。1面の瓦礫の山。これがアドルフ・ヒトラーが望んだ千年王国か。10年に及んだ戦争の凄惨さをかつて東欧の都としてプラハ、ヴィーンと並んだワルシャワの町が物語る。まあそのプラハもヴィーンも半分が瓦礫となったのだが。

目的地はモスクワ。道のりは2000マイル。総統命令666号を受けた一行はその足を早めた。



1953/01/22 in Washington.D.C


20日に発足した新政権への移行は拍子抜けするほどスムーズに進んだ。思えばそれは嵐の前の静けさだったのかもしれない。新たな大統領である白髪頭の男はベルリンのCIAから入った事案に対して頭を抱えていた。時価500億ドルとも目されるロマノフ家の財宝がよりにもよって共産主義者のレジスタンスに渡ったのである。それでもナチスの手にわたるよりはマシではあるが。考えのまとまらない頭を置いて情報が音の速さで飛び込んでくる。ドアが開け放たれ静寂は破られる。国務長官の神経質そうな男はもはや諦念も混じった顔で囁くように言う。「騎士団国が動いたそうです。奴らは既に財宝を保有するレジスタンスの連中を拷問にかけているそうです。」騎士団国は過激派ぞろいの親衛隊の中でも特に手に負えない連中に統治権をやることによって成立した国のことだ。「どの騎士団国だ。」と私は問うた。「プラハです。」国務長官から帰ってきたのは考えうる限り最悪の答えであった。そうか。あのハイドリヒが動いたか。ことは思いの外急を要するようだ。奴の事だから世にもおぞましいような拷問で財宝の在り処を特定していることだろう。私は川の底の岩のような重い手を受話器にかけ、ダイヤルを回した。



1953/2/1 東京


アメリカとの妥協の道を選んだ日本にとっての第二次世界大戦はイージーなものであった。アメリカの支援の元、ドイツによって半壊状態にされたロシアの地を横断するだけであったからだ。戦の結果はロシアからの割譲地はもちろん、アメリカの支配地域を除いたアジア全域を解放とは名ばかりの影響下に置くことも成功した。だが、それは同時にアジアの利権を独占した我国に対して反感を持つ連中が現れることも意味する。だがそれでいいのだ。今までもそうだった。そういう連中を叩きのめしてきたのだ。だが今の宰相は平和主義者すぎる。何が協調、民主路線だ。覇権国は3つも要らない。東條さんの時代も終わりでいいだろう。陰謀、下克上の霧が陸軍全体を覆っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る