聖剣を使う時のフライパン

 ドンッという爆発音。暗い森の一角がえぐれた。


「あそこだ!」


 ルドルフとあたしは魔王城の移動用飛竜に乗ってやってきた。空の下で激しい戦いが起こっていることがわかる。


 白い光が柱となる。……あれは!


「せ、聖剣……」


「マナ、わかるの?」


 わかる。あれは……『黒薔薇姫』が苦戦した剣だと!人間の世界へと行くことになった原因の剣。まさかこんなにはやく戻ってくるなんて!


「魔王様っ!!」


 心配で胸がドキドキする。飛竜を降下させていく。


 ブアッと砂煙が舞い上がる。ルドルフが気をつけて!と叫ぶ。魔王様達のところへ駆けていく。


「この皆に害をなす魔王が!」


 勇者と思わしき金髪の青年がそう言って剣を振りかぶる。


「やめなさいよっ!魔王様は何もしてないでしょうっ!!」


 あたしの声に驚いて見る。魔王様と勇者一行。


「マナ!?なんでここいる!?ルドルフ!なぜ連れてきた!?」


「魔王様が急激な魔力の消耗をするからだよ!」


 ルドルフはそう言って、ササッとあたしの後ろに隠れた。


「人間が、ここに!?魔王め!こんな少女まで攫っていたとはな」


 勇者が睨みつける。あたしは違うわよ!と言う。


「魔王様はあたしが死にそうなときに助けてすれたんだから!」


 勇者が何?とまどう。しかし後ろから神官服を着た女性が言う。


「魔王に操られているのでしょう!危険です!」


「少女もろとも倒してしまいましょう。すでに取り込まれているようです!」


 戦士らしき者も同意する。殺意があたしにも向く。


「1度ならず2度までもマナに手を出すことは許さん!」


 魔王様とサシャが力を集める。ピリリとこの場の空気すら痺れるような感覚。強い力。

 ルドルフも参加する。


 あたしは周囲を確認する。


 ……今回は人間の世界へ通じる空間が閉じられており、とばされる心配はないと、どこか冷静に分析するあたしはそんな自分の思考に驚く。『黒薔薇姫』の記憶のはずが自分の根底に……残っていることを自覚せざるを得ない。


 聖剣の白い光が放たれようとする。

 

 ガサゴソとあたしはリュックから取り出す。


「アル!サシャ!ルドルフ下がりなさい」


『は!?』『えっ!?』『なっ!?』


 強いあたしの声に3人は驚く。


「勇者!あたしが相手よ。この溜め込んだ魔力の威力を思い知りなさいよ。よくも人間の世界へとばしてくれたわねっ!一撃必殺ーー!っ!」


 聖剣に立ち向かう……あたしの手にあるのは『フライパン』。


「なっ!?なんだそれは!?」


 勇者の声は無視。フライパンを力いっぱいスイングした。ゴオオオオという轟音と共に白い光と黒い光がぶつかり合う。


 ドンッという音と爆風が巻き起こる。こちらには黒い薔薇の花と蔓が防壁となり、衝撃から守る。フライパンは粉々になった。


「まさか、マナ……おまえ!」


「アル。久しぶりねぇ〜。このあたしに好意を寄せられているのに、ずいぶん冷たいじゃない?マナを大事にしないと承知しないわよっ!」


 魔王様が口をパクパクとさせている。


 勇者一行が倒れている。あたしは腕を組んだまま偉そうに、顎で差して魔王様に言う。


「ほら、さっさと人間の世界へ送ってやりなさいよ。魔界には不要の者たちよ。聖剣は海にでも捨ててきてね」


 腕を組むあたしにサシャが『黒薔薇姫』そのものですとやや震える声で呟く。


「二人ともぼんやりしない!さっさと行動する!」


 魔王様とサシャがあたしの厳しい声に慌てて動く。


 やはり『黒薔薇姫』は最強よ!勇者に勝ってやったわっ!とニヤリと笑ったあたしはパタリと倒れたのだった。


「マナ!?」


 魔王様の呼ぶ声が耳に残った。


 『黒薔薇姫』はひそかに悔しかったのだ。最強と呼ばれたのに勇者に負けた自分が…。

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