開運の太巻き
プツリと靴紐が切れた。なにもしていないのにグラスがいきなりパキッと半分に割れた。摘んできたばかりの花の花びらがすべて落ちていた。
「嫌な予感がするわ」
「それは何か予言的なものなの?」
あたしの呟きにルドルフが言う。
「ううん。朝から、不吉なことばかり起こるから、何か起こりそうで……」
花びらを片づけるあたしを見ながらルドルフは確かに朝から魔王様もピリピリしていたなぁと言う。何かの予感というものがある。
「魔王様も何かしら感じ取ってる気はするね」
こんな時こそ美味しいものを考えて、運を上げるような物は……。
コロコロキュッ!!と巻きすの上に海苔をおいて酢飯と具を巻いていく。
そう、こんな時は巻き寿司よ!恵方巻きっていうくらいたから縁起がいいはず。……なんて適当な理屈をつけて作る。
「それなに!?おもしろいね」
ルドルフが興味津々である。あたしが巻いていく様子を飽きずに眺めている。
包丁でスイーッと切れ目を入れるとルドルフがおおーっ!と声をあげた。
「すごい!綺麗な断面だ!」
切れ端を味見にあげると、ルドルフが破顔した。
「味も良いー!楽しい食べ物だね」
「あら……恵方巻作ってるつもりが、太巻きになっちゃったわ」
つい、この綺麗な切り口を見せたくて、切っちゃった!まあ、良いか。お弁当箱に詰めていく。
これなら仕事中の魔王様もいつでも食べやすいだろう。水筒には温かいほうじ茶を入れる。
「差し入れでーす」
ヒョコッと魔王様の部屋に顔を出すと難しい顔をした魔王様とサシャがいた。
「朝から、嫌な予感がするんだけど……とりあえす運気アップよ!」
「マナ、おまえ……気づいていたのか?」
魔王様が驚く。サシャが肩をすくめて言う。
「さすが『黒薔薇姫』です。このかすかな空気を感じ取れるのは……」
「何かはわからないけど不吉な予感なのよ」
とりあえず開けて食べてとあたしが促すと魔王様とサシャが太巻きを口にする。
「魔界の端が誰かにこじ開けられた」
「侵入者ってこと?だれ?」
「それを今から確認しに行ってくる。空間はすでに閉じているが、ネズミ一匹がもしかしてライオンだったということもあるからな」
なるほど……。
「今回はあたしも一緒に行きたい」
どうしても嫌な予感がして、魔王様を行かせてはだめだと何かがあたしに告げている。
「だめだ」
即答の魔王様。
「なんでよー!」
却下!と言い、サシャ行くぞ!とサシャに声をかける。
「うーん……『黒薔薇姫』であるなら、連れて行っても構わない気がしますがね」
「余計なこと言うな!サシャ!」
ハイハイ、すみませんねと行きたそうなあたしに謝って、二人で行ってしまう。
「ルドルフ?」
「だ、だめだよ!!」
「まだなにも言ってないわよ?」
「予想がつくよっ!魔王様に僕が怒られるんだからね」
察しのいい使い魔である。それより食堂で今日の献立考えよう!とルドルフはあたしの気をそらした。
少し心配になりつつも、頷いた。いつもはこんなに不安にならないのに……どうしても今回は………。
ルドルフがあたしの表情を見て言う。
「もし魔王様がピンチのときは連れて行くよ。僕は魔王様の使い魔だから、力を大量に放出したりダメージを受けると気づく。だからその時はちゃんと教えるよ」
「約束よ?」
うん!とルドルフは言った。だって、そんな事態になれば僕も参戦しなくちゃねとちょっと言い訳っぽく付け足したのだった。
食堂は大盛況だった。今日は魔王に着いていったためか、少し人数は少なめだが、楽しそうに喋りながら食べているのが見える。
ピークはすぎて、あたしとルドルフはまったりとお煎餅とお茶で休憩タイムだ。
「食堂、喜んでくれてよかったわ」
「まさか皆、あの『黒薔薇姫』の料理を食べてるなんて思ってないと思うよ。気づいたらびっくりするだろうなあ」
アハハとルドルフが面白そうに笑う。
「あたしは黒薔薇姫じゃないもの……」
ルドルフはジッとあたしを見た。
「そうだね。でも『黒薔薇姫』だなって思うときがあるよ。マナはマナだけど、やはり片鱗が………」
ピタリとルドルフの言葉が止まる。まさか……ざわりとあたしの心もざわめいた。
「うん……魔王様だね。なんだろう?」
集中するようにルドルフは目を閉じる。
「まずいね。相手はなかなか強そうだよ。マナ!行こう!!」
「行きましょう!」
あたしとルドルフは立ち上がる。嫌な予感が的中してしまったことを感じ、魔王様の元へと急いだ。
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