悪友のバターロール

 魔王様がここ二、三日不在だ。それだけなのにお城が寒々しく静かなのだ。

  

 あたしは部屋からあまり出ずにルドルフと共にいるようにと耳にタコができるくらい言われ、大人しくしている。


 暇なので、少し時間のかかるパンなどを作っている。発酵をしていると、魔王様の部屋の方から声がした。


「おーいっ!いないのかー!?」


 ルドルフがピクリと動く。


「あの声は!」


 この部屋は鍵を内側からかけてある。が、なんの障害も無いというようにガチャリと開けた。


「魔王様の鍵を破るのは…ゴーシュ家のザカリアスくらいだろうね。なにしに来たんだよ」


 めんどくさそうに言うルドルフ。


「おやー!?これがヤツの秘蔵の姫か!ハハッ!とうとう会ってしまったなー!」


 赤毛のスラリとした背の高い男だった。


「マナ、こっちへ!」


 あたしはサササッとルドルフの後ろに隠れた。


「ルドルフ、ひどいな!魔王様の親友に対して警戒しすぎたろ!」


 やや傷ついた表情をした彼はキョロキョロとして魔王様は?と聞く。


「魔王様なら、お仕事に行ってます」


 あたしが遠慮がちに言うとニコーッと笑う彼。


「俺は6家門の一つ、ゴーシュ家のザカリアス。アルキティスの幼い頃からの悪友だ」


 そっか……いないのかとつまらなさそうに言う。あたしは発酵が終わったパン種を切って、バターロールになるようにクルクルと巻く。


「何を作ってるんだい?」


 椅子に座り、興味津々で見始める。


「パンです。バターロールです」


「へー!」


 もう一度発酵させてオーブンにいれていく。

 しばらくすると、パンの焼けるいい匂いが漂う。オーブンの中では2倍ほど膨れたパンが焼けてきている。


「人の世界から来たと聞いたが、帰りたくないのかい?」


 帰らず、世間話を始めるザカリアス。


「ええ。気に入ってるわ」


「変わった人間だなぁ。魔界、怖くないの?」


 即答するあたしにザカリアスは目を丸くして尋ねてくる。


「えーと、初めてきた場所なのに、昔一度来たような?体験したような?感じがするってなんていったかしら?」


「デジャヴ?」


「そう!それ!なんだか……不思議だけど、どこか懐かしく思うことがあって、この朝と夜の風景も魔族達も……うまく説明できないけど。だから敵意や殺意を向けられていなければ、怖いという感じはないです」


 ルドルフがパンが焼けたみたいだよ!と声をかける。あたしはハーイと返事をして、オーブンからホカホカ、フンワリとしたバターロールを取り出した。


 ザカリアスにもどうぞとかごに入れたパンを勧める。テーブルにフルーツやチーズなども置いておく。


 手でちぎると焼き立てのフワリとした柔らかさがある。まだ温かいパンを口に入れるとバターの香りとほんのり甘みがした。


「おいしい!これは毎朝食べたいね!」


 ザカリアスが美味しそうにパクパク食べている。ルドルフはあっという間に食べて、もう一個!とおかわりしている。

 

「あ!そうだ。お茶淹れますね」


 あたしはお茶をとりに行くために慌てて立ち上がる。その瞬間、首にかかっていたネックレスが揺れた。


「そのネックレスは!」


 ザカリアスがバッとあたしの手首を掴み、行こうとする体を止め、首のネックレスを眺めようとした。


「ザカリアス!マナに触れることは許さないよ」


 ルドルフが強く制止すると、ザカリアスがパッとあたしから離れた。


「あ、ごめんごめん!思わず……まさか……そんな……それ、どうしたのかな?どこで手に入れたの?」


 目を見開いている。


「魔王様にもらったんですけど……」


 なんだろう?ルドルフが警告するように言う。威嚇するようにことばを放つ。


「それ以上の詮索は許されないよ」


「だが、ルドルフ!これはアルだけの問題ではないだろ!?」


「だとしてもだ!」


 ザカリアスがどこかもどかしそうな様子を見せる。


「今すぐ攫って行きたいよ」


「は!?」


 あたしは思わず、ササッと間合いをとった。ルドルフはやるのか!?とザカリアスとあたしの間に入る。


「アルが激怒しそうだから、しないよ。怒ると怖いよ。うーん、でも子狸みたいなこの子がそんなわけないか?」


「こっ!?子狸!?」


 失礼なーっ!と言いたいが否定しにくい。魔王様もザカリアスも長身で整った顔立ちをしている。


「まあ、いいか。アルに直接聞こう」


 ニッコリとそう言って私に微笑みかけたのだった。

 

 








 


 

 



 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る