一日一喫

@kanji

初秋、傾く陽を背に豆を煎る

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初夏の暑さから、今年は長い戦いになるだろうと思っていましたが、9月半ばにさしかかる今日、街を歩くと秋を感じます。


子どもの頃は夏や冬が好きでした。長い休暇は時分に代えがたい喜びをもたらしたからでしょう。春や秋は平坦に見え、年の瀬や梅雨明けを願っていました。


今では春秋が好きになりました。変わり目は、心身の動きが何に由来しているのか知れた頃であったよう思います。


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コーヒーは年中、季節を選ばず美味しく感じるものですが、とりわけ秋や春は緩やかに気を充実させます。外音響く中にあっても、口にすれば胸中は音も波もきえ、静かに時を刻み始めます。


個人の趣味になりますが、私は自家で豆を煎ります。立ち上る香気は、喫茶への期待を高め、高揚感を生み、一抹の不安を抱かせます。その体験はまるで香味のように複雑で、煎る最中の脳裏はさながら山の天気の様相です。


今日は未経験の豆を焼くことにしました。ハムスターホイールのように回る器具を見ながら温度を測り、時間を測り、豆面を観察します。隣室の入口を放っていたので、煎っていると足下まで西陽が差してきました。


頃合いになったので火から上げ、粗熱をとりながら豆の様子をあらためます。豆面はチェスナットブラウンに焼き上がっていました。中煎りです。ムラはありませんでしたが、思い描いていたのはもう少し明るいバーントシェンナでした。


試しに豆を噛んだところ、果たして酸味より苦み優勢、フルーツよりもチョコレートに近い味わいでした。


しばらく改案を練り、レジ紙の裏面に書き留め、それから背を伸ばしがてら格子窓から外を眺めました。まだ陽暮れの気配はない、昼過ぎ半ばの頃です。


ちょうど隣家では庭の手入れが終わり片付ける時機らしく、片手には長短様々な草類が集められ小束となっていました。伸び盛りの植物たちも、そろそろ落ち着き始める頃でしょうか。と、軽い挨拶を交わしたところで、8月は薄暮に手入れしていたのを思い出しました。遠方ではキンモクセイのつぼみが仄見えます。


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窓を閉めて振り返ると、幾重もの細い光線が木目状に装飾されたクッションフロアの溝に矩勾配で交差していました。


開け放っていた隣室の西窓から、家々の隙間を抜けてきた陽光です。短い間でしたがその時は考えることを辞め、眼の前に広がる絵画のような光景に身を浸していました。

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