10分以内で読めるオチのある話

あざらく

第1話 天使に会った話


「あの、死ぬの、やめませんか?」

 マンションの屋上。色々と疲れてしまった私は自ら生を閉じようと空中に足を一歩踏み出した。その瞬間に少女に話しかけられたのだ。

 時間が止まったかのように足は宙に固定され、身動きも取れない。

「あの、やめませんか?」

 少女が再び口を開く。白いブラウスに黒いスラックス。見た目通りなら一足早い就職活動に向かう高校生といったところだが、背中に生えた白い羽がコスプレか何かのように見える。

 そんな存在がプカプカ浮かんで私の目の前にいる。

「え、ああー。あ、話せる」

「あ、すみません。意を決して飛びおりられるとそこで終わっちゃうので動きを止めさせていただいてます。申し遅れました、私、見ての通り天使でして……」

 背中の羽をバサっと広げる。

「天使、と言うともしかして私は異世界転生とか?」

「あ、それ最近流行ってますけど、そっちは主に女神の担当でして。最近転生希望者が多くて大変だって同期が言ってました……話がそれましたね、部署が違うので私では対応できないんですよね。すみません」

「部署違い……」

 役所みたいな事を言う。

「はい、天使課は精一杯生きて寿命を迎えた魂を天界まで案内するのが役目でして……あ、あと生きてるうちに会えた人には幸運を授ける事もできるんですよ」

「え、それは……」

 おかしい、私は自ら死のうとしているのだ。ここが寿命ではないはずだ。

「今回はちょっと特殊な例でして、本当は死神さんの管轄なんですけど」

「本当は死神?」

「そう死神さんなんですけど。説明しますと、死神さんは不慮の事故や病気などで亡くなる人の元に訪れて、亡くなった事に納得してもらうのがお仕事なんですよ」

「不慮の事故……」

 それにも私は該当しないはずだ。

「自ら死を選んだ方の場合はちょっと違うのですけど、実は今私はプライベートでして」

「プライベート……?」

 公私分けるのは大事だ。それはわかる。

「ええ、その証拠に制服、天使っぽいやつなんですけ着てないじゃないですか」

「……天使にもプライベートとかあるんですね」

「そうですね、昔はそこら辺ゆるかったらしいんですけど労基が結構うるさくて、最近はきっちりしてますねー」

 どうやら天使の業界も世知辛いようだ。

「はあ……」

「で、プライベートの天使がなんでこんな事をしているかと言いますと」

「言いますと?」

 とりあえず先を促す。出鼻を挫かれ、なんか死ぬのがばからしくなってきた。

「実は私、死神課に配属されたかったんですよ。ただ見た目がこう死神っぽくないと……」

 言われてみれば確かに、金髪で可愛いらしい顔立ちで垂れ目がちな見た目は死神っぽくはない。

「見た目で判断するとか酷いですよね、これは後ほど……まあそれは良いとして、実績を上げたいんですよ」

「実績?」

 話半分、宙に浮いた足が落ち着かないなと思いながら先をうながす。

「プライベートでも緊急案件に対処すれば実績として認められるんで、こう自殺を思い留めさせれば私の実績に……」

「……この状態でも助けられる?」

 私の足は宙に浮いてる。天使は私の足を見て、ため息をついた。

「あー……もう無理ですね。こうなると私の権限を超えてると言うか時間も戻したりするのはもっと上の人の役目なので……すみません。来世ではがんばってくださいね」

 できれば引っ込めたい、つーか死んでも天使だの死神だのがいる妙に世知辛い世界に行くならまだ今の世の方がましだ。

「え、いや、なんかワンチャン……」

 次の瞬間私は落ちた。

「次はがんばろっと」

 そんな声が聞こえた気がした。


 結局、幸運にも木に引っかかり、片足を骨折しただけで命は助かった。

 しかし、それであの天使の実績になるのは、なんかしゃくだ。

 文句を言うためにも寿命までは生きなければいかないか。

 

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