【速報】

私は臭いゴミ袋に蓋をするために、なんだかんだ捨てられずにいた未開封のブルーバードを、ただただ無心で投げ入れはじめた。半ばやっつけだ。


 きっかけは、アイツとの出会いだった。あの頃からアイツは、ブルーバードやクサイ・エンドリフィンには否定的な立場で、「そんなんに頼らないでも幸せになれるから」と、私のことを心配してくれていた。また私も、アイツの言うことには疑いを持てなくて——というより、この人とならそれもあり得るのかもしれないだなんて思っちゃって、ある日を境に、ブルーバードの服用をやめていった。最初は何度か憂鬱にもなったけど、それ以上に、普段の生活の質が上がったように感じられて、総合的には幸せだった。


 アイツの浮気は確かに不幸だったけど、そうはいっても、ブルーバードの服用を再開する理由にはならなかった。何故なら、服用を辞めてさえいればアイツがいつか戻ってくると、本気で信じていたからだ。私はそうやって、私個人の決断をアイツとの約束にすり替えて、一年、二年、三年。いつの間にか約束のつもりもなくなって、ブルーバードは当然のように、棚の奥に積み上がっていった。


 今日まで未開封のまま捨てられないでいたのは、多分、私が不安だったからだ。おかしな話、幸せになるために始めた我慢は段々と形だけのもの、むしろ不安になるだけのマイナスになっていた。私はそこまできてようやく、どうやら幸せになれるらしいブルーバードを再び服用しようとも思ったけれど、その時には今更諦めることが悔しくて、何が何でも自力で幸せになってやると、更なる痩せ我慢を重ねることにした。然しそれでも、お手軽な幸せを捨ててしまうのは末恐ろしくて、いざという事態に備えていった結果、今に至る。思えば昨晩こそ非常事態だったのに、どうしてこいつの服用を思いつかなかったんだろう。つらい時って本当に頭が働かなくなるんだなと、改めて思い知る。


 腐臭が立ち込めるゴミ袋に、埃の被ったブルーバードが混ざってしまった。これはものすごい光景だ。幸せの象徴なだけに、なんだか罰当たりのように思えてしょうがない。


——もしもアイツがこれを見たなら、一体なんていうんだろう。やっぱり「ベンサムが泣いてるよ」みたいなよくわからない言葉を、むかつく笑顔で零すのかな。なんなら拍手をするかもな。あと、もしもアイツが私の我慢を知ったなら、なんていうんだろう。褒めてくれるのかな。心配してくれるのかな。叱るのかもしれないし、もしかしたら、もしかしたら——、


『番組の途中ですが速報です——』

『——査委員会が、クサイ・エンドリフィンの安全性について——』

『——これを踏まえて——発売を一時中止するとの——』

 

 嘘のようなニュースが、テレビから聞こえた。私は慌ててリモコンに駆け寄り、音量ボリュームを大きくする。さっきまでふんぞり返っていたコメンテーターが頭を抱えていて、また女子アナランキングで一位を取った彼女の目には、いっぱいの涙が浮かんでいる。司会者の声は震えていて、「若者の皆さん、大丈夫です。私たちは皆さんの味方です。どうか、抱えこまないでください。抱えこまないでください」と、何度も強く繰り返している。画面下側、慌てたように飛び出るのは相談窓口の電話番号。追って上側、誤字だらけの【速報】。

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