痣で出来た太めのチョーカー

 翌朝。

私は気道が詰まっていることを思い出して、両足をバタつかせ、身を捩り、また捩り、吐き、泣き、やっとのことで首元の圧迫を取り除く。ベッドフレームやタオルと同じくらい、私も頑丈だったみたいだ。一丁前に嬉しいことが、なお恥ずかしくてしょうがない。


なんてったって自分の希死念慮を信じた結果がこの通りなんだから、つまるところ向こう数十年、こういう自分のことをすら疑わないといけなくなった。もう逃げ場はない。


 洗面所に向かい、鏡を正面にして首を回す。ゴリ、という関節の音。痣で出来た太めのチョーカーが、電球色のLED灯に照らされて気味が悪い。生暖かくてむず痒いし、これじゃ休んでも仕方がないだろう。なんにせよ私は、慣れた手つきで欠勤の連絡を入れた。焦る理由もなくなり、とりあえず一息。かといってあのベッドに戻る気にもなれなかったので、なんとなくその足でキッチンに向かう。冷蔵庫を開けて、寂しい棚奥に押し込められたいつかのヨーグルトに手を伸ばす。立ち上る酸っぱい香りにそれなりの葛藤はあったものの、ぼーっとした意識で小さじ二杯分くらいの量をすくい、パサパサに乾いた唇へ運ぶ。


 ——まっず。


別に食っちゃいけないものでもないだろうけど、私の両腕は必死に空を切り、近いはずのゴミ箱を掴もうとした。その蓋を開けた刹那、さっきのチョーカーも弾け飛びそうな猛烈な勢いで喉が開く。空っぽになっていく胃とは反対に、何をやってんだろう程度の羞恥心が、私の頭を占領していく。


 気づくと、外はだいぶ明るくなっていた。私はゴミ箱に手をかける形で倒れていたらしい。痺れる身体を起こしてから、カーテンを開けてテレビをつける。ちょっと楽になって、多少機敏に動けるのが分かった。


吐くのは初めてじゃなかった。五年前、アイツと付き合い始めてしばらくたったあの日から、吐いたり剥いだり切ったり——首を吊ったのは流石に今回が初だけど、こういう手段自体は定期的に取っていた。“定期的”というと、まるでブルーバードのようで皮肉めくけれど、実際私にとっては、これが幸福のサブスクリプションも同然。ブルーバードを服用するのを辞めたあの日から、これこそが私の幸せなんだと、そう思うようにしている。

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