呼ばれた者たち3

葉島航

第1話

「準備はいい?」

 私の一言に、いかつい金髪の男が「そう急くなって」と笑った。その手にはソフトボール大の球体が握られている。

 どうどうと滝の音が聞こえる。

 しぶきが、私たちの足元を濡らしている。せっかく倒した『ミズカラ』たちが復活する前に、すべてを片付けてしまいたい。

 しゃがみこんでパソコンを操作していた眼鏡の男が「よし」と声を上げた。

「起動完了。佐久間、一度それを置いてくれ」

 佐久間と呼ばれた金髪が、球体を地面に置く。眼鏡の男は脇にある袋を開け、同じ球体を十数個取り出して地面に並べた。

 彼がキーボードを弾くと、球体から流線型の羽根が飛び出した。ゆっくりと回転を始める。空気が漏れ出ているのか、ふしゅ、ふしゅ、という音も聞こえる。

「動作も問題ないね。問題はデータの送受信だが――」

 パソコンの画面上には、十数個に区切られたワイプが並んでいた。複眼をもつ昆虫の視界はこんなふうだろうか。集合体恐怖症の気がある私にとって、どうにも不気味に感じてしまう。

 佐久間が球体たちを覗き込み、軽く手を振った。同時に、パソコンの中にいる小さな彼が、一斉に手を振り返す。

「多少の遅延は仕方ないが、動画もちゃんと届いているようだな」

 別のキーを押すと、地図らしきものが表示され、一か所に十数個の赤い点滅が集まっている。

「発信機も問題なし」

「さすが博士」

 佐久間が茶化すように言うと、眼鏡の奥にある細い目がじろりと彼をにらんだ。

「もう少しプログラミングのできるメンバーを雇うべきだと思うんだ。僕の負荷が大きすぎる」

 多少鼻につく発言ではあるが、彼の言うことももっともだ。『博士』と称されるだけあって、情報機器関係から医療関係まで、一手に引き受けているのがこの港青年だった。

「それもそうね。あなたが一人で背負う必要はないわ。機会があれば、私からも上へ伝えておく」

「大場さんは話が早い。佐久間も見習ってほしいね」

 港青年の軽口に、佐久間は気を悪くするでもなくガハハと笑った。

 私は腕時計を覗き込む。実行まで残り十分を切っていた。

「さあ、そろそろ投入に掛からないと。他チームとできるだけ動きを合わせることになってるから」

 佐久間が「はいよ」と声を上げた。

 私と佐久間、港青年の三人で、球体を複数個ずつ抱える。防水スーツに包まれた腕の中で、それはキュウキュウと機械らしい音を発した。

「投入しますか」

 私たちの背後で、『ミズカラ』たちの出現に目を光らせていた隊員たちが聞く。

「ええ。そろそろ大詰め」

 隊員たちも私たちと同様、大柄な防水スーツに身を包んでいる。

 私の所属するチームは6名。そのうち私と佐久間、港青年が、これから行う作業の司令塔となる。残る3名が護衛だ。

 彼らは私たちの後方で、銃器を構えている。スーツの迷彩柄と相まって、軍人のようだ。

「では、マニュアルどおり行きますよ」

 ひざまずいた港青年が、片手で器用にパソコンを操作する。無機質な合成音声がモニターから聞こえた。

『初期フォームをセット。これ以降のアクセシビリティを制限します』

 私の腕の中で、球体が羽根を収納した。

『気圧、水圧の測定機能をウォームアップ。全機、機能を確認』

 港青年が「いよいよですね」と立ち上がった。

『十秒後に投入を開始してください。カウント、十、九、八――』

 私は滝にぎりぎりまで近づいた。つま先は、橋の端を越えている。私のベルトを、護衛担当の隊員がつかんだ。

 隣で、港青年と佐久間も同じ状態になっている。滝に向かって、身体を斜めに突き出している格好だ。後方の隊員が手を滑らせた瞬間、私たちは真っ逆さまとなるだろう。

『三、二、一――投入を開始してください』

 私たちは球体を滝へと投下した。なるべく広い範囲に散るよう、手を大きく振ってばらまく。

 直後、滝の水しぶきが波打ち、背後の隊員たちが私たちを引き戻した。

 滝の水から、『ミズカラ』たちが手を伸ばしているのだ。先ほどまで私の頭があった空間を、黒い腕が裂く。

 護衛の隊員が発砲した。パラララ、と想像以上に軽い銃声を響かせて、弾がまかれていく。

 銃弾で貫かれた『ミズカラ』たちは、頭を下にして滝つぼへと落ちていった。銃はしばらくの間火花を散らし続け、数えきれない『ミズカラ』が消えた。

「よし、もういいだろう」

 佐久間の一声で、全員が帰り支度を始める。任務を終えたとなれば、こんなところにとどまる必要はない。いつ橋の上の『ミズカラ』が復活するとも分からないのだ。

 港青年だけが、モニターの前にしゃがみこんで固まっていた。

「おい港、気持ちは分かるが、それは後からでも確認できるだろう」

「通信が途絶したんです」

 悔しそうな声を発する。確かに、モニターの地図上には赤い点が一つも表示されていない。

「あれだけの数が、こんなに早く破壊されたとは考えにくい。おそらく電波の届かない場所がある――あるいは妨害を受けているか」

「分かった分かった。ひとまず行こう」

 港青年がパソコンを手に立ち上がった瞬間、開いたままのモニターに赤い点が浮かび上がった。

 悲鳴にも似た歓声が上がる。

「通信回復です! よかった、任務成功だ!」

 いつになく感情を表に出している港青年に、私はうなずいてみせる。

「現時点では、ね。みんなよくやってくれたわ。他の班と結果を照合して、初めてこの実験の真価が分かる。急がなきゃ」

 橋を渡り、エレベーターへと向かう。肩の荷が下りた気分だった。

 この実験は、日本全国、あらゆる箇所の洞窟で行われた。

 発信機とカメラを搭載した小型ロボットを流水に投入し、水路をたどる。これは国が秘密裏に行っている調査だった。

 ここにいる隊員たちは全員、国に雇われた人間。もちろん、私自身も含め。

 後日、この調査により、すべての洞窟で水脈がつながっていると判明した。

 すべての水脈が集合する、ここではないどこか。

 そこに、『ミズカラ』たちの根源が存在するのだ。

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