ある少女の警告

ユウノ

ある少女の警告

 別に、抵抗する気はねえよ。


 ここまでも大人しく運ばれてやったんだ。わかるだろ?


 そもそも抵抗できやしねえしな。見ての通りだ。


 だが、コトに及ぶ前に……俺の話を聞いておけよ。


 これはお前のためでもある。いわば警告だ。聞いておかねえと後悔するかもしれんぜ?


 ……聞いてくれるってことか?


 それじゃ、ちと長いが話させてもらうか。






 昔……といっても5年ほど前だが、2つの国が戦争をしていた。理由は領土争い、まあよくある話だ。


 その内の片方、剣の国とでもしておこう。その国の軍の中心に、騎士団長の男がいた。その男は戦場では向う所敵なし、大いに暴れ回った。要は敵兵を大勢殺したわけだな。


 だがそれだけだ。1人の強者だけじゃ戦場は変わらない。騎士団長の男が目立ったのも、他に目ぼしい兵士がいなかったせいでもある。剣の国は相手の国……魔法の国に次第に押され始めた。


 窮地に陥った剣の国は、魔法の国との講和を望むようになった。だがそこで、騎士団長の男が邪魔になった。なにせ男は戦場で大勢殺しまわり、魔法の国の恨みをたいそう買っていたからな。


 そこで剣の国は、騎士団長の男を罠にハメた。魔法の国に売ったんだ。対等な講和を条件に。


 男は信じられなかった。これまで必死に、国を守るため戦ってきた、なのに、なのに……


 ……まあ、ともあれ、騎士団長の男はあえなく、捕虜の身となって、魔法の国に引き渡された。


 魔法の国は考えた。男をただ殺すだけじゃ、仲間を大勢殺された兵士や、家族を殺された国民の溜飲は下がらない。


 同時に恐れてもいたんだろう、捕縛したとはいえ強力な兵士、もし拘束から脱したら国を内部から潰されかねない、と。


 そこで……とある魔法が使われた。


 肉体を作り変える魔法。ただの変化魔法じゃなく、粘土をこねるみたいに対象の人間の体そのものをいじくり変える魔法。元の形から変えるんだ、二度と元には戻れない。禁術だそうだ。


 それによって騎士団長だった男は……か弱い娘に作り変えられた。


 あとは酷いもんだ。鞭打ち、水責め、火責め……あらゆる拷問とが元男に与えられた。拷問に終わりはない、見せしめのためだからな。


 お前は国に売られた。鍛え上げた剣の腕も失った。お前にはなんの価値もない。狂った殺人者め、地獄に落ちろ……あらゆる暴言も、そいつの心を削っていった。


 女の体に変えたんだ、辱めも当然あった。内容は……言うまでもないだろ、勝手に想像してくれ。


 拷問で、両足の指と、左目。そして精神の摩耗から味覚と嗅覚を、失った。


 そしてさらに、剣の国が滅ぼされたという報も耳に入った。結局騎士団長を売り渡した後、交渉は決裂し、主力を失った剣の国はあっさりと崩壊したそうだ。


 これまでの努力、誇り……兵士として、人間としての尊厳。体も。心も。


 男は、全てを失ったわけだ。




 そのまま3年ほどが経過した時、元男は遠い国の奴隷商に売られた。


 戦争の怒りも風化して、はっきり言って魔法の国は飽きていたんだろう。労働力にもならない女もどきは厄介ものでしかなかった。


 だが奴隷としても男に価値はなかった。元男ということは奴隷商には伏されたが、それを抜いてもただのボロボロの小娘だ。


 せいぜいできることは奴隷商の八つ当たりの道具になることだ。毎晩鞭で打たれたよ、タダ飯ぐらいめ、クズ女め……その度に新しい傷が増えて、ますます売れなくなった。もとより奴隷商も売る気もなかったんだろう、死ぬなら死ね、くらい思っていたはずだ。




 だがそんな時、あの事件が起きた。


 わかるだろ? 大陸中に響いた地響き、一瞬赤く染まった空、轟いた魔力の波……


 魔王の復活だ。後から知ったことだったけどな。


 奴隷商の商品にははぐれ魔族もいた。その魔族は復活した魔王の魔力の影響で凶暴化、檻を破り、瞬く間に奴隷商を殺すとそのまま去っていった。そのおかげで、他の奴隷も自由を得た。男も含めてな。




 それから男はひっそりと街で暮らし始めた。まともに歩けない体を引きずって路地裏をはい回り、残飯を漁って過ごす。


 誰かに助けを求めたりはしなかった。できなかったんだ。


 拷問され、辱められ、痛めつけられ……男にとって他者とはもう、恐怖の対象でしかなかった。むしろ人の目を恐れ、逃げ回った。


 それでも男は生き続けた。それでもまだ、まだ、心は、折れていなかったから……




 もうわかるだろ。


 それが、俺だ。


 笑えるだろ? かつては騎士団長として大勢の兵を率いて戦場を駆け、武勇を誇った男が……


 ろくに身動きすらできない薄汚れた娘になり果て……


 あっさりと、あんたに誘拐され、こんな洞窟に連れ込まれた。


 だから、な? 見るからに文無しの小娘を誘拐したってことは、売るか、犯すかが目的だろ。


 よかったな、何も知らずに不良品を売ったり、元男を抱いたりせずに済んで。


 もっとも、それでも構わないってんなら……勝手にすりゃいいさ。


 もう、俺には生きる気力がない。


 ……本当は、まだ折れてないつもりだったんだ。こんなナリになってでも、心を強く持って、生き抜いていくつもりだった。


 だがよ、あんたに攫われた時……嬉しく思ってる自分に気付いた。


 ああ、やっと終われる、って。


 自分でも気付いていなかった。俺はもう、とっくに、絶望していたんだな。


 ただ、それを認めたら……最後に残っていた、男としての……プライド? みたいなもんがぶっ壊れて、本当に、全部失っちまうから、目を逸らし続けていた。


 だがそれももう終わり。俺は……もう……


 ……なんのために生きたんだろうな、俺は。


 守るはずだった国から裏切られて。そのために鍛え続けた力も失って。


 誰からも蔑まれ、罵倒され、痛めつけられて……


 いったい俺はこれまで、なんのために?


 はは。




 さあ、俺の話はこれで終わりだ。煮るなり焼くなり好きにしろ。


 できるなら、一思いに殺してくれ。ゴミ処理だと思ってさ。はは……


 ……は?


 お前、なんて言った?


 ……その、姿……


 ……魔族、だったのか……


 ……それで?


 わざわざ人間に化けて、人間の街に潜伏して、こんなボロクズを攫って何の用だ?


 …………


 ……へえ。


 魔族への勧誘、か。


 復活した魔王サマとやらは今、戦力を欲してる。


 心に深い闇を負った人間は、強力な魔族になれる……


 あんたみたいな魔族が各地に配置されて、素質を持つ人間を探してる……と。


 つまりなんだ。


 俺に、魔族になれっていうのか。


 魔族になって、世界を滅ぼす手伝いをしろ、と。




 ……ふふ、はは。


 嬉しいんだ。


 俺は全てを失った。体も、心も……過去も、未来も……


 でも、そんな俺にも。


 まだ、何かが残っていたのなら。


 まだ、俺に価値があるのなら。


 こんなに嬉しいことはない。


 わかった。あんたの誘いに乗る。


 喜んで魔族になろう。


 俺が、あんたらの役に立つのなら、思う存分暴れてやる。


 たとえそれで……世界が滅んだとしても!







────────────────────────────────



 それから少しの時が経った後、人類は復活した魔王と、それが率いる軍勢によって、存亡の危機に脅かされることになる。


 魔王の軍勢の内、幹部と呼ばれる強力な魔族の中には。


 まるで歴戦の兵士のような戦略眼と、圧倒的な闇の魔力を持って、人々を蹂躙する、ぼろぼろの少女の姿をした魔族がいたという。

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