大事なのは
異変を察し、ラドンは急いで娘を見る。
カレンは自分の手や体を見下ろした。
見える範囲で異常はない。
だが、父の瞳が驚きに見開かれているのに気づいた。
周囲を見れば気の毒そうな、憐れむような、何とも言えない表情。
ユミルすら目を逸らす。
「私の顔に何をしたのよ?!」
先程リリュシーヌは何と言った?
魔法を解く?
「あなた、先刻ミューズに言ってたわよね?お金と引き換えに美貌を手に入れたって。本当は誰の事だったのかしら」
リリュシーヌは肩をすくめ、手鏡を優しくカレンに渡す。
大きく輝いていた瞳は、一重まぶたになっており瞳も小さくなっている。
まつ毛の長さも先程よりも短い。
肌はくすみ、そばかすが増えていた。
小さくて可愛らしかった鼻は、少し小鼻が膨らんでいる。
ぷくっと蕾のようにふっくらとしていた唇は厚みをなくし、薄くなり艶を失っていた。
父親に似た容姿だ。
「いやぁー!」
鏡を手放し、両手で顔を覆う。
「私の顔を返して!」
ティタンは目を擦り、リリュシーヌを見る。
「リリュシーヌ様。確かカレン嬢に魔法を掛けてミューズと同じ目に遭わせると…そう聞いたと思うのですが」
魔法効果を無効にする魔道具をつけてるティタンでも、カレンの顔が変わっているように見えた。
本来は短時間だけ、ミューズに掛けられたのと同じ醜女に見える魔法をかける手筈だった。
ティタンなどの王族は魔法の影響を受けないため、変わった後の顔は見えないはずだった。
ミューズの時と同じように本来の顔は変わらないはずなのに。
「あれがカレン様の元の顔よ、醜女にしたわけではないわ。父親に似るなんて当たり前じゃない、それが普通なの」
そう、ひどいことなど何もしていない。
カレンの顔だって醜いわけではなく、ただ父親に似ているだけだ。
ついでにメイクを取っただけだから、ギャップが激しく思えただけだ。
「メイクすれば、あれくらい全然イケますけどぉ」
メィリィが小さい声でぼそりと呟いていた。
「ラドン様が雇った魔術師に聞きましたの。もう彼には頼めませんよ」
特殊な魔法のため彼の身柄は王家が押さえている。
拘束したわけではない。
正規の値段で長期雇用を約束し、引き抜いたのだ。
彼自身は雇われて命令されただけなので、軽い罰で済まされた。
侍従としてラドンと共にスフォリア家に入り、強制されただけなので。
本来リリュシーヌはここに来る予定はなかったが、この魔法のためだけに来たのだ。
ここでは魔法が使えないようになっているし、大臣もその娘も魔法を防ぐ何かしらは持っているはずだ。
だから、魔力が一際高いリリュシーヌがわざわざ来る必要があった。
結界も、魔道具の力も関係なく魔法が使える数少ない一人として。
「ありがとうございました、ティタン様。すっきりですわ。娘を改めてよろしくお願いします」
一回抱き締めるとミューズをティタンに返す。
ディエスが寂しそうな顔をしていたが、見ないことにした。
最後の後始末をせねばと、ティタンは声を張った。
「この二人を連れ出せ!違法に魔法を使った罪!そして俺への、王家への侮辱罪だ!」
二人が連れ出され、残っていたユミルはいつの間にか消えていた。
今回の件で婚約をどうするのか、ティタンは少しだけ同情をする。
彼はきっと何も知らず巻き込まれただけなのだから。
「皆、今日は騒ぎに巻き込んでしまい、申し訳なかった」
身振り手振りを大きく、且つ堂々とティタンは場を仕切る。
「折角のデビューの場ではあったが、我が婚約者であるミューズの心無い噂を払拭するため致し方ないとはいえ、この場を借りることとなった。ついては詫びの品として王家より手土産を用意させてもらった。同盟国パルスより輸入した、宝石だ」
パルスは宝石の国と呼ばれるほど原石が採れ、純度もいい。
「各々で好きに加工して欲しい。無論加工費もこちらで持つ、ぜひ素敵な品にしてくれ」
なかなかの気前の良さだ。
「ティタン、大丈夫なの?」
「これくらい大丈夫だ」
とはいえ、貯めていた私財の殆どをつぎ込んでしまった。
父と兄からも援助はしてもらったが、魔獣退治でもしてまた稼がねばなるまい。
「ミューズも大丈夫か?つらくないか?」
演技とはいえ泣いている姿を見るのはつらかったとティタンは伝えた。
「色々思い出すこともあって、悲しくないわけではないけれど…」
カレンは美しさに拘っていた。
蔑むあの目は忘れられないが、今度はきっと彼女が言われる番になるだろう。
大勢の前での出来事、そしておそらく大臣は失脚。
カレンの側に果たしてどれくらいの人が残るのだろうか。
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