第一王子

茶会が始まり、レナンはソワソワしていた。妹と離れたからだ。


友人に連れて行かれた後にすぐ事情を話して元のところまで戻ったのだが、妹はいなかった。


会場の外に出たり一人で帰ることはないだろうが、心配だ。


「どこに行ったのかしら?」


心配でキョロキョロしてしまう。


何故かミューズを不細工と呼ぶ者がいるため、妹が傷つかないか心配なのだ。


姉のレナンから見たミューズはすっごく可愛いし、すっごい美少女。


お人形さんみたいで本当に可愛い。


それなのにやっかみなのか、元家庭教師と元メイドに悪意ある言葉を聞かされ、心に酷い傷を負ったのだ。


本当に許せない事だった。


今日はどうしても出なければならない茶会だった為に、必ず付き添うと約束したのに、と泣きそうだ。


ずっと茶会に出ることを拒んでいた妹と、離れてしまった事を後悔している。




「もしそこの麗しい方。何かお困りでも?」


後ろからかかる男性の声に体がびくりと跳ね上がる。


心臓も跳ね上がった気がする。


「殿下……」


この場で男性はそうは居ない。


慌てて振り向き、礼と挨拶をする。


「エリック殿下、申し訳ございません。折角お声掛け頂いたのですが大丈夫です。これはわたくしの問題でして、何でもないですわ」


さすがに声を掛けてもらえたのだから、その場からすぐ立ち去るわけにもいかず、にこやかな笑顔で応対する。


「エリックで結構ですよ。何でもないとは思えませんでしたが、良かったら私が話を聞きましょうか?」


「いえ、あの……」


「まずはお名前を、と思いましたが、レナン=スフォリア嬢ですよね?ディエス宰相のご息女である」


名乗りもしてないのに、名を当てられ驚いた。


「失礼。事前の釣書にてこちらのレディ達の顔と名前はわかるのですが、あなたの美しい銀の髪と、澄んだ湖のような青い瞳はとても印象深いものでしたから……」


エリックの方が余程美しいと思うのだが。


金髪翠眼の整った顔立ちの王子様。


白い肌と王族らしい感情制御がなされた顔。ほぼ変わらない表情のために、氷の王子と呼ばれている。


人間離れしたその容貌はビスクドールのようで、憧れる女性が多い。


「私で良ければ困りごとの力になりますよ」


エリックの言葉に首を横に振った。


「わたくしの事までありがとうございます。ですが大丈夫です」


頑なに拒むレナンに、すっと目を細める。


「そう言えば妹君はどちらに? お二人でいらっしゃってますよね」


レナンの顔色が変わった。


周囲からのひそひそ声が僅かに聞こえて来た。


妹とは醜悪で根暗な令嬢の事だと。


レナンがぐっと手に力を入れたのを見て、エリックがレナンの手を取った。


「あちらにサロンがあります、少し二人で話しましょう」


周囲からどよめきがわいた。


「わ、わたくしは、その、遠慮しますわ」


このような皆が見てる場面で二人で中座するなんて、後が怖い。


手を離すことなくエリックがレナンの耳元で囁く。


「妹君を探しているのでしょう? 私が命じればすぐ見つかりますよ」


レナンは顔をばっと上げた。


「では行きましょう」


レナンは手を引かれ、ゆっくりとエリックについて行く。


「ぜひ、私共もご一緒したいです!」


厚かましくも手を挙げるのは先程ミューズの事を話していた令嬢グループだ。


「今はレナン嬢との会話を楽しみたいので、申し訳ないけど君達とはまた別な機会にお願いするよ」


「差し出がましいですが、そちらのレナン様の妹君は少々容姿が劣りますし性格も難ありでして。その姉であるレナン様も相当だと聞きます……エリック様に相応しいとは思えませんわ」


なるほど。


妹を貶す傍ら、姉であるレナンの評判も落とそうと言うわけか。


エリックは周囲を見る。


クスクスと周囲から聞こえる悪意、ニヤついた顔の令嬢、顔色を悪くするレナン。


「なるほど、ご忠告感謝する。しかし……」


声音を敢えて低くした。


「人を陥れようとする者よりレナン嬢が下だとは思えない。ましてや人の容姿を蔑む者など以ての外だ。そちらの方が余程醜く、汚らわしい」


周囲への牽制も込めて、やや大きめの声を出す。


「ニコラ。先程レナン嬢を馬鹿にした令嬢と、笑ったものをリストアップしてくれ。口さがない言葉に振り回される愚かな令嬢だ、今後の付き合いを検討しよう」


「仰せのままに」


ニコラと呼ばれた従者は既にメモを取っていたようだ。


「レナン嬢、あちらで温かいお茶でも飲みましょう。体が冷えている」


中傷の言葉に指先まで冷えていることに気づいたエリックは、安心させるように繋いでいる手に力をこめ、この場から急いで離れた。






「お気遣いありがとうございます」


温かい紅茶を飲み、ようやく落ち着いた。


「妹君は今探させています。見つかったらここに連れてきて貰うから安心してゆっくりとお過ごし下さい」


丁寧に、そして優しく声を掛けられ感謝する。


「何から何まで、本当にありがとうございます。このような事をして頂き、なんとお礼をしたらいいか…」


「あまりお気になさらず。後程頼み事をしたいのですが今は妹君、ミューズ嬢の安全を確認してからに致しましょう」


エリックも紅茶を一口飲む。


優雅な仕草に思わず見惚れてしまった。


「私に何かついていますか?」


「いえ、そのような事はないです」


慌ててしまうレナンが面白くてついからかってしまう。


「では何故見ていたのです?」


「それは、殿下がおキレイでしたので……」


顔を赤くし、そう呟くレナンは初心そのもので。


エリックの加虐心が煽られる。


「貴女のほうが美しいではないですか。長い睫毛もサラサラの銀髪も、その可愛らしい薄桃色の唇も、ぜひ触れてみたい」


コホン、と後ろに控えるニコラが咳払いをする。


やりすぎだと制された。


レナンを見ればガチガチに固まっている。


公爵令嬢にも関わらず表情がくるくると変わるのが新鮮で楽しい。


妹の事で心を砕き、取り繕う余裕がないのだろう。


調書を見た時から気になっていた。


美しい姉と醜い妹との一文。


書いたのは王家の影だが、絵姿が本当に似ていなかった。


逆に興味を引き、更に調べさせたのだが、家族は蔑むどころかミューズを溺愛している。


可哀想だからではなく、本当に可愛くて。


そしてレナンは世間の評判に怒り、心を痛めていた。


コンコンとノックされメイドが入ってくる。


そっと耳打ちされるとエリックは笑ってしまった。


「何かあったのですか?」


「あぁ、いや。君の妹君は俺の弟と一緒らしいよ」


兄弟でもって、同じ家の娘に惹かれるのかと思わず笑ってしまったのだ。


「楽しく談笑してるらしい、暫くそのままにしてあげたいのですが、よろしいでしょうか?」


「楽しくですか? それならば安心です。妹は内気でこのような茶会に不慣れでしたから心配しましたが、見つかって良かったです」


安堵の様子にようやく、レナンの笑顔が見られた。


「茶会が終わる前にこちらに二人をお呼びしましょう。それにしても大事な妹さんなのですね」


「とっても大事ですわ、何より可愛くて素直で、優しいのです。この前も疲れに効くハーブティを淹れてくれて、本当に可愛いのです」


レナンはしきりに可愛いと言っている。


嘘をついてるとは思えないし、身内の贔屓目だけで、ここまで言えるものかと思ってしまった。




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