第二王子

「笑われるのも悪口を言われるのも嫌だもの」


ミューズはこのまま茶会が終わるまで、ここにいようと決めた。


静かなところで、小鳥の囀りが聞こえてきて心地よい。


「落ち着く場所だわ」


目を瞑りウトウトしていると、声がかかる。


「大丈夫か?」


「わっ?!」


心配そうに覗き込んでくるのは黄緑色の双眸。


「びっくりしました、驚かさないで下さい」


ミューズはドキドキする胸を押さえ、声をかけてきた少年から距離を取る。


薄紫色の髪を短く切っており、ミューズよりも頭一つは高い。


「具合悪いのかと思って心配したが、大丈夫そうだな。ここ、座るぞ」


許可なく隣に座ると、少年はこちらをじっと見る。


「そのドレス、茶会の参加者だよな。何でこんなところにいるんだ?」


「ティタン様こそ茶会の主役ですよね、何故こちらに?」


お互いに疑問を口にする。


容姿と状況から、彼が第二王子ティタンだと推測する。


婚約者選びで忙しいはずの彼が、何故ここに?


「よくわかったな、まぁ他に令息がいないんだから、すぐわかるか。でも主役は俺じゃない、兄上だ。皆兄上と話したがっている」


つまらなさそうにぼやくティタンはだらしなくベンチに背を預け、足を伸ばす。


「君もそうじゃないのか?」


そう言えばまだ名乗っていない。


「私の名はミューズです。私はお二人の婚約者に相応しくないので、邪魔にならないようここに居ました。時間が来るまでここにいるつもりでした」


敢えて家名は省く。


王家主催の茶会をサボってたとバレたら、父に害がいくかもしれないと思ったからだ。


「ふ〜ん……相応しくない、ね。兄上に興味はないのか?」


「エリック殿下の事は尊敬してるとしか……すみません」


これは不敬にあたるだろうかと心配になったが、特に気にしてる様子はなさそうだ。


「相応しくないって、何でだ?」


たまたま居合わせただけだが、時間までの暇つぶしなのだろう。


茶会に帰りたくないし、ティタンの話に付き合うことにした。


「私は根暗令嬢と言われてます。容姿も、醜いですから茶会にも殆ど参加したことがありません。社交性も容姿も低いのに、婚約者なんてどう考えても務まりませんわ……」


自分で言って、結構落ち込んでしまう。


「そんなことない、ミューズは可愛いよ」


初めて家族や自家の使用人達以外から言われた言葉に、ミューズは目を丸くし、そして顔を赤くする。


「か、からかわないで下さい」


「? からかってなどいないぞ。綺麗な瞳はぱっちりしているし、美しい顔立ちだ。白い肌は雪のようで触れてみたくなる。その金髪も兄上の様に輝いているな」


第一王子と同じだなんて不遜にも程がある。


でも美しいと言われれば自然と心が弾むのが女心だ。


「そんな事初めて言われましたわ。家族以外の方からそのような褒め言葉を頂けるなんて、嬉しいです」


お世辞とはわかっていても、恥ずかしさと嬉しさで顔も上げられない。


その様子にティタンは愛しさがこみ上げる。


「本心だ、ミューズは可愛いよ」






(こうやってまともに令嬢と話したのはいつ以来だろう)


ティタンは嬉しくなる。


兄エリックと話すための踏み台ではなく、個としてのティタンと話してくれているのが心地よい。


「ティタン様だって素敵です。先程私を気遣って声をかけてくれましたよね、とてもお優しいです」


「こんなところで倒れられてたら困るしな。何もなくて良かった、おかげでこうしてミューズと楽しく話が出来る」


ニカッと歯を見せて笑ってくれた。


愛嬌のある、好感の持てる笑顔だ。


「今からでも戻ったほうがいいんじゃないですか? ティタン様をお待ちの令嬢もいらっしゃると思いますよ」


エリックにはやや容姿で劣るのかもしれないが、人好きのする良い人だと表情からにじみ出ている。


「ミューズは俺と話をしたくないか?」


「そんな事ないです! 私も楽しいです、こうやって話した事がないから嬉しい。私、友達がいないので……」


言っててしょんぼりしてしまう。


「何故? ミューズはこんなに素敵で優しいのに」


本気の疑問だ。


ティタンは怒りを露わにする。


(見る目のないやつしかいないのか?)


「素敵でも優しくもないですが、みんな、不細工って、根暗って」


言っている内にぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。


心の傷は相当深い。


「ごめん、俺が悪かった!もう聞かないから」


あせあせと何とかポケットからハンカチを出して、涙を拭ってあげる。


「ごめん、泣かせるつもりはなかったんだ。ごめんな」


背中を優しく擦られあやされる。


「不細工でも根暗でもないよ、君はとても優しくてかわいい令嬢だ。俺のことも色眼鏡で見ない素敵な人だ」


少しずつミューズの涙が止まっていく。


「このまま、俺の婚約者になってほしい」


ティタンの言葉に完全に涙が止まる。


「えっ、えぇー!!?」

さすがに、それはとぶんぶん首を横に振る。


「それは駄目です、私みたいなのとティタン様では釣り合いません」


「俺は君がいい。それとも兄上のような美形でないと嫌か? 俺は確かに容姿でも頭脳でも兄上に劣るからな。第二王子だからいずれは臣籍降下する予定だし、王妃には出来ない。確かに魅力もないが……」


ティタンもしょんぼりとしてしまう。


「魅力がないなんて、そんな事ないです。ですが、私では……」


「父上から今日の令嬢方は高位貴族の令嬢ばかりと聞いている。今日ここに来ている君と結婚しても、王家としては何も不都合はないはずだ。相応しくないなんて事はない。後は君次第だが、俺は君を他の誰かに渡したくない」


「私が隣に立ったら、ティタン様まで笑われてしまいます」


「笑うやつなど放っておけるくらい俺が頑張るから、隣にいてほしい。お願いだ。今はまだ子どもで何も持っていないが、君を守れるくらい強くなる。武力も功績も、もっと勉強も頑張っていく。だから側にいてくれ。君と一緒なら何でも乗り越えられる」


「ティタン様……」


「こう言っては何だが、曲がりなりにも俺は第二王子だ。俺と婚約出来ればメリットもあるぞ、これからの婚約者を探さなくて済むし、こういった婚約者を探すような茶会に出なくていい。あと王家との繋がりが出来るから、ミューズのお父上の仕事にも良い影響が出るはずだ。

そう言えば、ミューズの家名を聞いてなかったな」


今更だが、と聞かれた。


「なるほど、宰相殿の娘であったか。ミューズの家柄も凄いな」


「本当は家名とか最初に聞くと思いますよ」


重要だと思うのだが、ティタンは名前しか聞いてなかった。


「家名を聞いたらそこに囚われるだろ。俺はミューズ個人と話したかったから」


嬉しい言葉だ。


「お父様に聞いてきます、私で良ければティタン様を支えたいです」


勉強とかもっと頑張ろうと心に誓う。

容姿がどうであれ、もっと知識と教養と所作を学ぼうと心に決めた。


「これを渡しておく」


渡されたのは王家の紋章入りのカフスボタンだ。


「このような物、受け取れません」


「これは俺がミューズに求婚した証だ。これがあればディエス殿に打診をするとき説得力が出るだろ? 父からも婚約したい者に渡せと言われている」


薄紫のそれはティタンの髪の色を象徴していた。


「ミューズ、君は俺の特別だ。必ず迎えに行くよ」



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