第4話 とりあえずビール!

「通してください! 回復魔法を使える者が通ります! 通して下さい!」


 受付のシンシアさんが野次馬をかき分け、私が後へ続く。


 私は医者じゃないから詳しくはわからないけれど、怪我をした冒険者の状態はヒドイと思う。

 かなりの重傷じゃないかしら。


「バッカスちゃん……大丈夫かな?」


「マオなら問題ないよ! 妖精の園で教えた通りにやれば大丈夫!」


 一瞬、『治癒できるのかな?』と不安になった。

 けれど、バッカスちゃんが、太鼓判を押してくれたので気持ちが落ち着いた。


 魔法のやり方は、妖精の園でバッカスちゃんに教わっている。

 そうね! 教わった通りにやるだけね!


「なんだ……」

「オイ! その子が回復させるのか?」

「無理だろう!」

「いやいや……笑えないジョークだ!」


 野次馬が騒がしい。

 見た目が幼い私が治療することに、反発したり、冷やかしたりしてくる。


 無視だ。

 怪我人を救うことに集中しろ! 私!


 怪我をした冒険者の横にちょこんと座って、右手を怪我している箇所にかざす。

 そして、『救いたい! 怪我を治したい!』と一心に願いながら、バッカスちゃんから習った祝詞のりとを唱える。


「慈悲深き癒やしの女神よ。傷ついた汝の子らに――」


「マオ! ちょっと待って!」


「光り輝く御手を差し伸べたまえ……。聖女の癒やし!」


 すると、私の体から七色の光が絡まり合いながら立ち上り、打ち上げ花火が爆ぜるように四方に光を散らした。


 一瞬、周囲が柔らかい光に包まれ、光が収まった時には、冒険者の怪我は治っていた。


 おおおお!

 さすがは女神様謹製の聖魔法!

 女神様に会ったことはないけど、感謝を捧げよっと!


 私は心の中でニヨニヨと笑いながら『女神様ありがとうございまっす!』と礼を述べた。


「さあ、傷は治りましたよ! 確認して下さい!」


 怪我をしていた冒険者に声をかける。

 冒険者はキョトンとした後、自分の体を触りだした。


「ええっ!? 傷が治ってる!?」


「本当だ……。瀕死の重傷だったのに、一発で……」


「良かったな! ハンス! 良かった! ウウウ……」


 一緒にいた冒険者もハンスさんの怪我が治って喜んでくれている。

 まあ、泣かなくてもいいけど。


 確かに凄いよね。

 何より傷が治って、喜んでもらえて良かった。


 それよりも……。

 あー! ビールが飲みたい!


 一仕事終えた私は、受付嬢のシンシアさんにニンマリと笑った。


「これでお仕事完了ですよね? 報酬をいただけますか?」


 私は怪我をしていた冒険者たちとシンシアさんに両手を差し出して、かわいくおねだりをしてみた。


 シンシアさんは、ポカンと口を開いていたが、私が声をかけたらハッと我に返った。


「ええ! ええ! しかし、あの……えーと……」


「ん? どうしましたか?」


 シンシアさんの態度がおかしい。


 あれ?

 シンシアさんだけじゃない……。

 周りにいる野次馬の態度も変だわ……。


「ヒールじゃなかったよな?」

「ああ、長い呪文を唱えていた。ハイヒールとは違ったよな?」

「あれは祝詞のりとじゃないか?」

「じゃあ、あの女の子は巫女みこか?」


 うっ!

 聖女と気が付かれないよね?

 大丈夫だよね?


 私は手が汗ばむのを感じて、両手を握ったり開いたりする。


「待て! オマエの顔にあった古傷がないぞ!」

「あれ? ワシの腰痛が治ってる!」

「膝の古傷が……。おお! 動く! 動くぞお!」


 ええ!?

 どういうこと!?

 周りにいた野次馬さんたちの古傷や怪我も治しちゃったみたい……。


「ねえ……。バッカスちゃん……。これ、どうなっているの?」


 私は頭の上にのっているバッカスちゃんに解説をお願いした。

 バッカスちゃんは、背中の羽根をヒラヒラさせながら、私の目の高さまで降りてきた。


「マオの魔法の威力は、普通の人より何倍も凄いから、普通の回復魔法『ヒール』で充分だったんだよ」


「えっ!? ウソ!?」


「マオが行使した魔法『聖女の癒やし』は、周りにいる沢山の人を一気に治す魔法なんだよ。もう! 止めようとしたのに!」


 あちゃあ……。

 私は、強力な聖魔法『聖女の癒やし』を使ってしまった。

 冒険者さんの怪我がひどかったので、一番強力なヤツを……と思ったのだけど、選択ミスだったのね……。


 まあ、やってしまったことは仕方がないわ。

 お代をいただいて、さっさと――。


「あれはフェアリー!?」

「そうだ! フェアリーだ!」

「フェアリーを連れて、強力な聖魔法を行使するのは……」

「聖女だ! 聖女様だ!」


 ヤバイ! バレた!

 私はあせって、オロオロと周りを見る。


 野次馬さんたちが、私に向かって膝をつき、次々と頭を垂れた。

 幼女の私を中心に、みんなが膝をついて祈りを捧げている光景は……。


 あ、これ、前世のニュースで見たローマ法王が、こんな感じだった。

 私が聖女とバレてしまう!

 このままでは面倒な立場に……。


「聖女様!」

「聖女様!」

「聖女様!」

「聖女様!」


 ま、不味い!

 私は大声で叫んだ。


「いいえ! 私は通りすがりの幼女です! とりあえずビール!」

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