第9話 人口増加

 領内散策の折にラテルから、

「黒い染料は染まりにくく、手間がかかる」

と聞いたルクトは鼻息を荒くしながら


「俺に任せろ!」

と言い

キチェスの許しを得て

10日ほど染料製造工場へ通った


ルクトの説明によると

「$”&’%⁂を、#⃣&$”#&して抽出し

 それを&’%⁂した物を染料に混ぜれば

 格段に糸が染まり易くなる!」


だそうである、私は何度聞いても

さっぱりきっぱり理解不能です

 

そしてルクトは見事にその薬品を作りあげ

大人達を驚かせた

でも中身は元々科学者なんだからさぁ

本領発揮しただけじゃんねぇ


その薬品のお陰で

全ての色が今までより鮮やかで深い色彩となり

染色に掛かる時間もグンと短くなった

「さすがはゴコーゼッシュ家のご子息だ」とか

「天才に違いない」とか

「神童だ」とか

皆からチヤホヤされて羨ましい・・・


キチェスも

「ルクト偉いぞ。よくやった!」

とルクトの頭を撫でまわしている


いつも土階様に

《蝉丸よ、表面で人を判断するな。

 お前には慧眼が足らん》

と言われていた慧眼けいがんの乏しい私だが

「皆さんのお役に立て嬉しいです!」

と言ったルクトには一つの慢心も無い事が

その瞳の輝きを見てはっきりと分かった。

 

かくしてカイッソウガ領の染織物産業は

ルクトの発明した

新薬【イーサム】により大きな躍進を遂げた


薬品名の由来を訊ねたら

「自分の発明品に自分の名前を付けたかったのだが

 前世では許されなかった。いま願いが叶った」

そうである

何か、ちゃっかりしてるなぁ

けれども、これは快く許してやるぞ!


―――――――――


いま三つ子は父キチェスと家族用の居間にいる


三つ子はソファーに座り本を読んでいる

まぁ勉強嫌いな私は本を開いているだけですけど


キチェスは広い居間を一人動き回っている


ソファーに腰掛けたかと思えば

立ち上がりピアノの鍵盤を鳴らしてみたり

暖炉に薪をいれたりウロウロして落ち着かない

どこかで見た覚えが有るその姿・・・

そうだ!

動物園で檻の中をウロウロする熊の姿と同じだぁ


私達はキチェスと目を合わせないよう

ひたすら本に目を落としている


「父様、じっと座ってればいいのに」

と私が小声で言うとラテルとルクトは


「仕方ないよ」

「そうだ。お産の時の男親なんて、あんなもんさ」

 

お産・・・

そう!今まさに母リエッドが

お産の真っ只中なのだぁ!!

   

実は私は、この日を心待ちにしていた

それは妹が産まれることを

強く強く望んでいるからである

 

キチェスの私に対する

〘娘大好き!可愛くてしかたない。

 ずーっと抱っこしていたい!〗

のオヤジバカぶりも

妹が産まれれば半減するに違いない


あーー妹が産まれてくれ!たのむー!!

 

コンコンと扉を叩く音がしてメイドが

「旦那・・・」

と呼ぶ声に緊張しまくった顔でキチェスが

足早に部屋を出ていった


「何かあったのかなぁ?キチェスだけ呼ばれて」

「大丈夫だと思う。この国では子供が産まれると

 まず父親が最初に対面して抱っこするんだよ」


と言うラテルとルクトの会話を聞きながら

私は気もそぞろだ

頼む、妹、妹、妹、

「妹が欲しーい!」

あっ・・・心の声が出てしまった


「元気なら、どっちでもいいじゃないか」

「そうだ、まずは母子ともに健康が第一だろ」

「お前達には分からないんだ!

 あのキチェスの娘大好き攻撃のうざさが!」 


それを聞いてラテルとルクトは

苦笑いをし気の毒そうに私を見た


もうジッとなんかしてられないよ!

今度は私が檻の中の熊と化した

ウロウロ・ウロウロ

まだか?まだか?まだかー⁈

 

やっとメイドが来て

「皆様、お待たせしました」

と言い終える前に居間を飛出し産室を目指した


廊下を走ると爺にしかられるので

とにかく6歳児の短い足を精いっぱい早く動かした


産室に入ると赤ん坊は乳母に抱かれ

「ウンニャーウンニャー」

と泣いている

この泣き声なにかに似ているよなぁ?

うーん・・・?

そうだ猫だ!まごうことなく猫の鳴き声だ!!

ほーっ、赤ん坊は猫のように泣くのだなぁ・・・


などと感心している場合ではなぁーい!


「妹?ねえっ妹?」

「お二人共・・・」

「えっ二人?双子なの?」

「はい、双子でらっしゃいます」


なんと双子となっ⁉

おぉ妹の確率アップ!心の中でガッツポーズ!


「お二人とも元気な弟君です」


うぅん、興奮して耳が遠くなったかなぁ?

二人とも弟と聞こえたようなぁ?


「弟?」

「はい」

「二人とも?」

「はい」


はあぁ⁉なんだってぇ⁉

弟はもう間に合ってるんですけどー!

あぁ一気にテンションだだ下がり~~

  

暗い顔して肩を落とす私を見て

ラテルとルクトは、顔を引きつらせながら笑っている

  

赤ん坊うるさい!二人で猫鳴きしやがって


「可愛いくてらっしゃいますよ」

と乳母が顔を見せてきたが

猿じゃん!どう見ても猿顔じゃん!

この乳母は目が悪いのか⁉


あれっ、赤ん坊が手をぎゅっと握りしめている

こいつ手の中に何か隠し持っているんだな

見せてみろよと 

指で赤ん坊の手をつついたら・・・

ピタッと泣き止み私の指を掴んできた


ゲッ!なにをする!

宣戦布告か⁉やっやる気なのかぁ⁉

と驚いてアワアワしていると


「可愛いなぁ」

とルクトが気味悪い程に

いままで発したことのない優しい声で言うので

私の指を掴んでいる手を見たら・・・

 

ちぃっさぁ、すっんごく、ちぃっさぁっ!


「すごく小さい!なのにちゃんと爪が有る!

 柔らかくて温かい!」


あまりの衝撃にまたもや心の声が出てしまった


ベッドの上に起き上がっているリエッドが

「フフフッ」

と小さく笑った


ベッドに腰掛け

リエッドの肩を抱いているキチェスが

「ハッハッハ、フォーラは初めて

 小さな赤ん坊を見て驚いたのかな?」


「フフフッ、フォーラ・ラテル・ルクトは

 もっと小さかったのよ

 とっても小さくて

 ちゃんと育ってくれるのか心配で心配で」

「そうだったね。

 あんなに小さかった三つ子もリエッドのお陰で

 こんなに大きく育った」 


そうなのか?お陰なのか?

大きく育つことはお陰様なのか?

知らなかったぁ


「あぁ私はなんて恵まれているのでしょう

 フォーラ、ラテル、ルクト、そして赤ちゃんたち

 母様の子に生まれてくれてありがとう

 母様は、とってもとっても幸せよ」 


そう語るリエッドの言葉から微笑みから

いや全身から慈愛が満ち溢れ

疲れ切ったその姿はたとえようなく美しい


これが母の愛と言うものなのか?

心も体も魂までも優しく包み込み

てのない安心感に抱かれる

そして〖生まれてくれてありがとう〗

の言葉が胸に深く突き刺さる


逆じゃないのか?

産んでくれてありがとう、じゃないのか?


いや、そもそも私は

産んでくれた母たちに感謝した事があったか?

私は今まで、なんと恩知らずだったのだろう・・・


「母様、私を生んでくれてありがとう」

リエッドを見つめそう言った私のまなこには

転生ごとに生んでくれた母たちにの面影が映っていた


「フォーラー!」


とキチェスが走り寄り

「私のプリンセスは、なんと純真な心を持っているんだ!」

と言いながら、抱きついて髭面を押し付けてくる

     

キィー!やめろぉー!


ラテルとルクトはその光景を

無言で気の毒そうな目をして見ている

 

 ウンガァー!うっざーい!

 誰かこのオヤジを止めてくれー!

 だから妹が欲しかったのにー!!

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