異世界投稿記 ~最底辺Web作家は異世界でも最底辺でした……戻ったら絶対にWeb投稿します~

月井 忠

第一章 アルブワイル領

 1 牢獄――――――――――せめて囚人服を

 背中をつつかれるような感覚がある。


「いい加減、起きろ」

 声は徐々にはっきり聞こえてくる。ゆっくり目を開けると、暗がりの中だった。


「よくこの状況で寝られるな」

 呆れたような声が再び背後から聞こえてくる。


 横になった身体を起こそうとすると、背後から金属のこすれる音が響いた。手が思うように動かず、起き上がれない。両手を背中に回され、手錠がはめられているようだった。


 手を使わず身体を起こして、あたりを見回す。

 三方をレンガの壁に囲まれ、正面には鉄格子があった。外にはところどころ松明が掲げられ、ゆらゆら光が揺れて影を動かす。

 なんだか獣臭い。


「おい、大丈夫か?」

 近くにいる男が顔を覗き込んできた。先程と同じ声だった。


「ああ、多分」

 部屋の中は広く他に男が四人、黙って床に座っていた。全員が後ろ手にされている。


「本当か?」

 少し年上に見える男は、更に覗き込んでくる。


「え? キスはやめて」


「何を言ってるんだ? お前、名前は?」

「え? 名前?」


 とっさに答えることができなかった。


「さあ、なんだっけ?」

「全然、大丈夫じゃないな」

 男はからからと笑った。


 名前どころか、昨日何をしていたか、自分の部屋の様子も思い出せない。

 部屋? そう確か部屋で。


「そうだ、オレ確かウェブ投稿してたはずで」

「ウェブ……なんだって?」


 あたりを再び見回す。

 レンガ作りの壁はどう考えても時代が違う。自分の格好を確認した。他の男たちと同じように麻袋に穴を開けて身体を通しただけのような格好だった。

 どうりで、チクチクするはずだ。せめて肌触りのいい囚人服にして欲しい。


 いや、違う。

 いくらなんでも服の素材が雑すぎる。


「もしかして、ここ異世界?」

「おい、本当に大丈夫か?」


 思わずガッツポーズを取ろうとする。背中で鎖がガチャガチャと音を立てるだけだった。喜ぶこともできないとは。


「てか、どうしてオレこんなところにいるの?」

「それは、こっちが聞きたい」

 男は呆れ果てている。


「オレはヘイスレンのアレストだ」

「ごめん、もう一回」


「ヘイスレン村出身のアレストだ。お前は」

「おう、異世界風な名前」

 アレストは何も言わず、じっとこちらを見た。


「ごめん、ごめん。オレは朱雀煌騎すざく こうき。コウキって呼んでくれ」


 もちろん本名ではない。

 思い出せたのは小説をウェブ投稿する際のペンネームだった。中二病末期のときにつけた名前だ。口にして名乗ると、さすがに気恥ずかしい。

 コウキはごまかすように目をそらした。


「そうだ、オレはウェブ作家として……高校卒業してそのまま……進学も就職もしないで」

 少しだけ自分が何者か思い出してきた。PVは振るわず、アップを続けても状況は変わらない。まさに最底辺。


「どうした。気分でも悪いのか」

「嫌な記憶を思い出してしまった」

 どうせ記憶をなくすなら、この屈辱を真っ先に消してほしかった。


「お前ら、静かにしろ」

 牢屋の外から声がした。兵士の格好をした男たちが集まってくる。一人の兵士が牢屋の鍵を開けた。


「出ろ」

 囚人服の男たちは黙ったまま立ち上がり、ぞろぞろと向かう。


「ほら、コウキも来い」

 アレストが立ち上がる。


 素直に従う理由はない。

 コウキは兵士の格好を確認した。

 槍のようなものを持っていて、一番上にはキラリと光る刃先が見える。従わなければ刺されるのは間違いない。


「了解」

 どうして自分がこんな状況に置かれているのか、理解できないまま従うのは嫌だった。


「でも、脅されちゃあ仕方ないよね」

「何か言ったか」

 兵士がにらみをきかせてきた。

「いえ、何も」


 先頭を進む兵士達に続いて、全員で暗い通路を進む。カサカサとサンダルの音が鳴った。こちらも粗末なもので、履き心地は最悪だった。




 前方に光が見えた。その先から喧騒のようなものが、かすかに聞こえてくる。


「なんだか、ドナドナ感がするね」

 後ろの兵士たちに気づかれないよう、コウキは小声で隣のアレストに話しかけた。


「ドナドナ? なんだ、それ」

「ああ」

 異世界で向こうの知識を話しても通用しない。切り替える必要がありそうだった。


「こんなときの気分を表した歌のタイトルだよ」

「聞いたことないな。でも、面白い響きの言葉だな」

 アレストは微笑んだ。


「少しは思い出してきたってことか」

「まあ、ほんの少しだけど」


 先頭の兵士達が立ち止まり、なにやら手を動かしている。外につながる出口は鉄格子で阻まれていた。


「何も知らないまま死ぬよりマシさ」

「え?」


 ゴオンと音がすると、徐々に鉄格子が上がっていく。


 大きな歓声が聞こえた。


 視界の先は外につながっていた。大きな壁が周りをぐるりと囲み、その上には大勢の観衆がひしめいている。見上げると青空が広がっていた。


 そこは円形闘技場だった。

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