第6話 2人が奏でた音楽
秋になると街の女の子は、ハマトラやニュートラの流行りのファッションに力が入る。
そんな中でも唯我独尊のごとくグラムロック風に着飾る いろは。
その横に何の変哲もない平々凡々な修一がいる事が、より一層2人を浮きぼりにする。
だが、そんな事は関係ない。
もはや修一は いろは に『ほの字』だったからだ。
友人・徹の忠告も『いつの事だったか....』遠い過去の思い出。
街ゆく人が去り際に自分たちを目で追っていようが、もう一度言おう、まったく関係なかった。
『JAZZ喫茶グリーン』に入ると、マスターがニコニコ顔で2人を迎える。
独り者のマスターにとっては、いろは は目に入れても痛くないほどに可愛い娘のような存在なのだろう。
ステージ上にある椅子に座り、そこに置いてあるGibsonのセミアコを膝に乗せる いろは。
パララランと鳴る音は、いつものラウドなエレキギターとは違う落ち着いた大人の音がする。
そして奏でる和音は何ともお洒落な響きがした。
壁にあるピアノでマスターがピラピラピランと軽快にフレーズを奏でると、その演奏に合わせて いろは が即興で弦を
その演奏に、その音の中に、入り込んだ感覚。
感動の中、修一は いろは のまつ毛から指の先まで彼女の全てを見落とすものか、とばかりに見入っていた。
マスターはそんな修一の様子をちらりと見ると『やれやれ.... 』と首を横に振っていた。
演奏が終わると、修一は自分の手から大観衆の拍手が聞こえるくらいの勢いで手を叩いた。
「なんか恥ずかしいな。いつもと違うでしょ」
「でも凄い。いろは、本当にギター凄いんだね」
その言葉にマスターが言った。
「いろは にはもともとJAZZギターを教えていたんだ。俺が言うのもなんだけど、かなりの腕前だよ。いろは はいろいろなJAZZバンドに混じってギターを弾いていたけど、どこのバンドメンバーでもなかった。そんな いろは の噂をどこかで聞きつけたのだろう。あいつが声をかけて来たんだ」
「おじさん、『あいつ』なんて言わないで」
どうやらマスターは『アイスボンブ』の一輝、つまりは いろはの彼氏を気に入ってないらしい。
「そんな私の話より、青井君はそこのテレキャスターを使ってみて。きっとこのギターより楽だから」
ギターのジャックをつなぎアンプの音量を上げる。
フゥーンという音がかすかにする。
パラン パランと適当に鳴らしてみる。
「ドレミファソラシドってどこ押さえればいいのかな? 」
「あははは。ドレミファソラシドは別にいいよ。それよりも私のマネしてコードを弾いてみよう」
いろは が押さえる簡単な省略コードを弾いてみると、ちゃんとした音楽の音が鳴る。
『ね!』と言いながら目を細める笑顔。そんな彼女を見るだけで修一の心臓は熱く、熱く、熱くなってしまう。
それは誰もが経験するどんな助言をも耳に入らない、心が焼けるような若者の恋だった。
いろはがコードを鳴らすとそれに続いて修一もぎこちなくコードを鳴らす。
2,3度練習した後、修一は教わったコードを順番に弾いてみた。すると、それに合わせて いろは のギターがメロディを奏でる。
ほんの数秒の間だったけど、それは2人の音楽だった。
修一にとって何にも代えがたい尊い瞬間だった。
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